A島君はハンサムで社交的な男だ。海外旅行は初めてだが、オシャレなスーツケースや旅行用の五徳ナイフなども持っていた。栓抜きや缶切りにもなる便利なやつだ。トロピカルフルーツを街角のマルシェで買って食おうというような発想だろう。何かのカタログブックを事前に読み込んでくるあたり、まぶしい男だった。

 オジサンは横浜の中華街で600円で買ったスニーカーで、近所に遊びに行くような雰囲気だった。

 しっかり者は、飛行機の待ち時間に東京からセブに向かう一人旅のOLとすっかり仲良くなっていた。セブのホテルも聞き出していた。さすがだと思ったが、実際にセブに着くと、我々のホテルはプライベートビーチに建つコテージタイプで、音のうるさいエアコンが一日中ブンブン回っているような、アメリカナイズしたリゾートだった。ホテルエリアは塀で囲まれており、門番がライフルを持ち見張っている映画で見るような光景が展開した。
ところが、電話がなかった。

 ホテルに電話が無いということは全く想像していなかった。セブで他のホテルにいるお姉ちゃんと合流する方法は無かった。ホテルには日本製のアマチュア無線機や業務用無線機があり、ガイドや従業員、運転手も皆、日本製のトランシーバを使っていた。80年代後半、日本国内も携帯電話は無かった。そういえば、渋谷の飲み屋で430Mhzのアマチュア機を無免許で連絡用に使っているオジサンに一度だけ出合ったことがあったが、フィリピンは2mと430機が日常的に使われていた。

 案内してくれたガイドは、アマチュアと業務用の免許を見せてくれた。さらに拳銃の許可証もあり腰にリボルバーを挿していた。マイクロバスの運転手も、椅子の下からリボルバーを出した。彼は許可証は持ってないよと笑顔で話した。私も無線の資格を持っていると言うと、いろいろ質問されたが履歴書に書くためで運用していないでの良くわからなかった。でもムンと熱い熱帯の空気にだんだん馴染んでいった。日本は堅苦しいがフィリピンは楽しい。30年以上前の楽しい時間を思い出した。


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