北海道壮瞥町の果樹園経営者のXさんから、写真付きの便りが届いた。
1回目はゴールデンウィークの真っ最中の5月2日だった。
彼はメールはあまり得意ではないらしく、いつも簡潔だ。
今回は2枚の写真付きで、『桜が満開です。昨年より何日か早いですね』とあった。


 北海道壮瞥町の桜



東京の桜は例年より1週間ほど遅れて咲いた。
お陰で入学式と満開が重なって、昔に戻った気持ちになった。
ところが北海道は例年より1週間も早く咲いたと言う。自然は我儘であるなー。

でも東京に住む者には、『今ごろ桜?』となり、例えは悪いが「半袖シャツで過ごしているところへ、セーターが届いた」というような感じだ。


見た感じでは「ソメイヨシノ」ではないようだ。



2回目の写真付きメールは、5月5日だった。
『さくらんぼの花が満開です。マメコバチの巣と、ハチの大きくなったものも写ってます』とあり、2回に分けて多数の写真が添付してあった。 

そこで私は急に農業に付いて知りたくなり、メールで質問を書いて送信した。 
すると翌日の夜に電話があり、私の疑問に詳しく答えてくれた。


「サクランボの花」



Xさんは素人の私に詳しく、マメコバチの話をして教えてくれた。
私は現役の時は工業だったので、他業種の話を聞くのが好きだ。

Xさん『マメコバチはサクランボとリンゴの受粉に利用するハチで、ハエより大きくアブより小さい。マメコバチは青森の知り合いから買っている。買った時は繭の状態で、適切な時期まで冷蔵庫で保管しておく』


「アシの中に見えるマメコバチ」



『サクランボの花が咲く日から数日前に冷蔵庫から出すと、花の満開に合わせて成虫のハチとなる。それを放すと、花に飛んで行き受粉をしてくれる。すると雄雌が交尾して、雄はすぐに死ぬ。雌は用意しておいたヨシの中を掃除してから、奥に花粉の団子を置いて、そこに卵を産む』

『そして粘土で蓋をしてから死ぬ。でも生まれたマメコバチには天敵がいて、スズメバチやカラスにかなり食べられてしまう』。


「繭から孵化したマメコバチ」



『アシに産み付けられた卵の入った筒状のものは、束ねて保管しておく。そして繭を取り出して冷蔵庫に入れる。春に生まれて来たマメコバチは天敵に食われ数が減るので、不足分を青森から買う。マメコバチの行動範囲は50~60メートルと狭いので、遠くの果樹園農家に飛んで行ってしまうことは無い』

『本州はミツバチでも行っているが、北海道は寒いのでミツバチは冬を越せないから使わない』。なんだか凄い話を聞いてしまったような気分になった。


産卵用の束ねたヨシと、蓋用の粘土穴



Xさんの話は専門的過ぎるので、私が正確に理解したかどうかは分からない。
しかしXさんの話を聞いて、工業とは全く違う自然の営みの不思議を教えてもらった。広い農地で空気も良く、自然相手の仕事は羨ましい。

でも自然相手だけに、天候不順や台風で大被害も受ける。
工業も厳しい競争や技術革新があり大変だが、どちらの仕事が良いのだろうか?


リンゴの花が咲いた 



(おまけの話)
メールを受け取ったので、お礼のメールを返信した。
するとその夜に電話がかかって来た。彼はスマホの契約を「使い放題」にしているので、いつも向こうから電話をしてくれるので助かる。

「使い放題」だと通話時間を気にしないで済むので、いつも長電話になる。今回は「マメコバチ」に付いて詳しく知りたかったので、事前に質問項目を知らせておいた。
だから40分も話し込んでしまった。


 「昭和新山と有珠山」(壮瞥の田んぼから)



そして話の最後にこのブログのために、壮瞥近郊の写真も追加で頼んだ。
伊達市に夏の間だけだが9年間も滞在したので、壮瞥町にも良く行った。
壮瞥町のゴルフ会にも入れてもらい、ゴルフの後は洞爺湖の近くの農機具倉庫で、みんなでジンギスカンを食べた。

銀座にも松尾ジンギスカンの店があるが、高級店過ぎて、懐かしさは感じられない。
あの頃が私の人生での「ベスト3」に入る時だ。


「洞爺湖」(オロフレ峠から)



その後、しばらく天気の回復を待って、素晴らしい写真を送って来てくれた。
懐かしの「昭和新山」、「有珠山」、「洞爺湖」、「羊蹄山」と、私の見たい写真ばかりだった。昭和新山は登れないが、花火大会やクマ牧場での熊のエサのリンゴ販売のお手伝いを思い出す。

有珠山は歩いて登った。洞爺湖は私の滞在していたトーヤレイクヒルGCから見えた。
羊蹄山の麓のゴルフ場では、北海道新聞の記者と何度もゴルフをした。懐かしい写真を見て、あの頃のことを思い出し幸福感に浸っている私だ。


「羊蹄山と洞爺湖」(壮瞥公園から)


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

コメント

  1. Shinji
    Shinji
    返信

    マメコバチの一生は感動ものです。あんな小さな昆虫も、世の荒波に打ち勝って、自然の摂理に沿おうと一生懸命にいきているんだ!と。

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