(緊急事態宣言の発出前の話題)


ウォーキングで隅田川テラスを歩いていると、時々、定期観光船が通り過ぎて行く。しかし気の毒にも、乗客はなん人も乗っていない。
これでは船を動かすだけで、赤字を垂れ流しているようなものだ。

2年前のコロナなど関係無い時には、船には溢れるばかりの乗客が乗っていた。
特に4月から6月にかけては気候が良く、船の上はとても気持ちが良いと思う。


私の乗った定期観光船「竜馬」(午前10時35分発)


いつもはウォーキングの私は思い立って、この観光船に乗ることにした。
コロナで痛め付けられている人のために、少しでもお役に立ちたいからである。

小池都知事は「不要不急の外出を控えて」、また「エッセンシャル・ワーカー以外は東京に来ないで欲しい」なんて言っている。
どんなことをしても働かなければ、生きて行けない人のことが分かっていない。


船から後方を見ると、レインボーブリッジが見える(左手はお台場)


たぶん観光船に乗るなんて、全くの不要不急である。
私1人の乗船では大してお役に立てないが、それでも気持ちは伝わるだろう。
マンション前から東京BRTに乗って新橋停留所で降りる。

そこからゆっくり歩いて3分ほどで「ゆりかもめ」の「汐留駅」に着く。「ゆりかもめ」で2駅で「日の出駅」に着き、そこからは2分ほどで日の出桟橋である。


勝鬨橋の下をくぐる(後方に見えるのは築地大橋)


驚いたことに乗船受付は無人で、セルフ登録だった。
予約した時にスマホに送信されて来た乗船券を、テーブルの上のセンサーに当てる。私がモタモタしいていたら、女性係員が出て来てやり方を教えてくれた。

今やスマホを持っていなければ、何も出来ない世の中になっている。
出航10分前になり、船に案内された。船の定員は330人だが、乗客は私を含めて5人だけであった。誠に気の毒だった。


「リバーシティ21」が見える。右手の橋は「佃大橋」


船が桟橋を離れると、後方にレインボーブリッジが見える。
右手にはすぐ近くに私の住むマンションが見える。左手は浜離宮恩賜庭園である。

最初の橋は「築地大橋」だ。いつもここで写真を撮る場所である。
橋を通過する時に、橋の裏側を見た。築地大橋の裏側を見たのは初めてだ。
その次は勝鬨場所で、バスで銀座に行く時にはここを渡る。


「清州橋」を過ぎる。


日の出桟橋から浅草までには12の橋がある。
橋の名前は順番に書くと、築地大橋、勝鬨橋、佃大橋、中央大橋、永代橋、清州橋、新大橋、両国橋、蔵前橋、厩橋、駒形橋、吾妻橋である。

その他に人が歩いて渡れない橋として、隅田川大橋(首都高速道路と一般道の2層式)、隅田川橋梁(総武線)、そして工事途中で止めた橋の3つの橋がある。


「駒形橋」をくぐる。後方に見えるのは「清州橋」


船の一番後ろの見晴らしの良い場所を確保して、橋を中心に写真を撮る。
顔をなでる風が気持ち良い。深呼吸したいところだが、船が出す排ガスの匂いが川面に吹く風の具合によっては襲って来る。

35分間の船の旅は、アッと言う間に終ってしまった。
隅田川クルージングが860円で楽しめる。
今回の運行では乗客が5人だから、船会社の収入は4300円である。
本当に気の毒だった。コロナの経営への悪影響は、飲食店だけではないのである。


「吾妻橋」を過ぎれば、終点の「浅草」である。


(おまけの話)
ここから話題は船から飛行機に変る。
夕方になると、窓から外を見るのが習慣になっている。富士山を見るのである。
冬は会社や家庭で暖房を使うので、空がなんとなくモヤっている。
春になると中国から黄砂が飛来して、またモヤる。
なかなか良い時期が無い。でも空の様子を見ているだけで飽きない。


羽田空港に向かう飛行機が太陽に近づく(焦点固定で太陽を見ないようにする)


雨が降ったり、どんよりと曇った日は外をあまり見ない。
一番条件の良い時というのは前日に雨が降り、翌日が快晴の日である。
次がお正月で、会社が長期の休みの時。

夏は空気中に水蒸気が多いためか、スッキリした空にならないことが多い。
良い条件は暖房がまだ使われない春と夏の間と、秋と冬の間のように思う。


午後5時45分に飛行機が太陽光線の中に入った。


浅草から戻りPCに向っていたら、夕方になった。
空を見たら、夕陽の中を羽田空港に着陸態勢に入った飛行機が見えた。
「太陽の中に飛行機が入らないかなー」と思ってカメラを持ち出したら、どうやらそのチャンスが来そうだった。


サングラスを掛けて、辛抱強く飛行機を待つ。
その一瞬がやって来た。連写で撮影したのが、この写真である。
ファインダーから入る強い光線で、しばらく目の焦点が合わなかった。

アッと言う間に飛行機は飛び去って行った(あと3~4日、早ければ中心を通過した)


伊達季節移住のススメ 心の伊達市民 第一号

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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