
心の伊達市民 第一号
11月18日に新宿御苑のホームページを開いてみたら、『サクラ、タムケヤマ、プラタナス並木などが見頃です』と出ていた。
私は特に「プラタナス並木」が好きなので、早速、行ってみることにした。
大江戸線で「新宿駅」で降りて、10分ほど歩くと「新宿口」に着く。
入園料は一般は500円だが、シニアは250円である。
新宿御苑には良く行くが、前回は「桜」の季節だったと思う。
入口を入ると、目の前が開ける。これが新宿御苑の良いところだ。
大勢の外国人観光客が来ていたが、みんな個人旅行のように見える。
私の目的の「プラタナス並木」は公園の一番奥にあるので、最後に行くことになる。
「サクラが見頃です」とあったが、私の行った日は24日だったのに、たった6日間でかなり葉が落ちてしまっていた。サクラは花だけでなく、紅葉すると葉も命が短いようだ。
ポカポカ陽気で、途中の売店の前のベンチは満席である。
みんな思い思いに、なにか飲んだり食べたりしている。
遠くでは幼稚園生が輪になって、先生の指導で遊んでいる。
道路の落ち葉を片付ける為に、作業員がブロワーで落ち葉を飛ばしている。
大きな木の下には、落ち葉の絨毯が出来ている。
遠くに背の高いNTTドコモビルが、紅葉の間から見えている。
公園のどこからでも見える。
公園の真ん中に出て、プラタナス並木の方へ歩いて行った。
真ん中にバラ園を挟んで、左右に3列づつのプラタナス並木が続いている。
ここも来るのがたった6日遅かっただけなのに、かなりの落ち葉が地面を埋めている。
ベンチには思い思いに人々が座っている。
写生をしている女性、本を読んでいる女性、望遠レンズで遠くの人を撮影している男、寝そべっている男、様々である。私はミニ三脚を出して、ベンチに座る自分を撮った。そしてしばらくそこで時間を過ごす。
その後、バラ園の向こう側のプラタナスを見に行った。
真っ赤なスカートを広げてポーズをとる女性を、連れのカメラマンが撮影している。
それを望遠レンズで、隠し撮りしているオヤジがいる(オヤジ、駄目だよ!)。
みんな自由を満喫している。
予定のプラタナスの写真を十分に撮ったので、イチョウの落ち葉を見に行った。
いつもここには大量の黄色い落ち葉が地面を埋め尽くし、誠に綺麗なのである。
やはりみんなもここが気に入ったのか、大勢の人が来ていて、なかなか思うように写真が撮れない。
仕方ないので、その場を離れて近くの「カエデ・手向山」の写真を撮った。
新宿御苑でここだけが、赤く紅葉していた。裏から見たら、逆光の中で真っ赤に燃えていた。
イチョウの方へ戻ると、そこへ写真帳を持ったオヤジが登場し、若い外国人カップルに写真を見せている。
彼等は『怪しいオヤジだ。写真を売り付けられるかも?』という態度で身構えている。
するとオヤジは「プレゼント」と言って、写真を彼らに渡していた。
全国どこへ行っても、こういうオヤジがいるものである。
私は色々な場所で、こういう場面を見ている。自分の撮った写真を見て欲しいなら、フォトコンテストに出せば良いのだが・・・。
(おまけの話)
11月も後半だというのに、この日の天気予報では気温は22度と高かった。
新宿御苑で「プラタナス」の紅葉を見た後に、「大木戸門」から外へ出た。
そして暑くもなく寒くもない気候なので、四谷まで次の目的の為に歩いて行った。
四谷の日本写真館には、ポートレート・ギャラリーがある。
そこで第49回東京都写真展「TOKYO」が開催されていて、マンションのデジカメクラブの女性会員のS子さんの写真が「入選して展示してある」と知らされたので見に行くからだ。
大木戸門から歩いて行ったらラーメンの「日高屋」があったので、入って「かた焼きそば」を食べた。
そして四谷三丁目を過ぎた右側に、懐かしのシャンソニエ「蟻ん子」がまだあった。「蟻ん子」の話は少し前に書いた。
まだ営業時間ではないので、写真だけ撮って先に進む。四ツ谷駅に近付いたところで、右側の路地の奥を見たら「タイ焼き」の「わかば」があった。「わかば」の話も何回か、このブログに登場している。
私が初めてこの店のタイ焼きを食べたのは大学の卒論で理化学研究所に行っていた時に、赤坂の芸者さんが大先生のところに集金(?)に来て、その時の手土産だった。
四谷駅から再開発されたビルの横の路地を入ると、左側のビルの5階に「ポートレート・ギャラリー」がある。エレベーターを降りてギャラリーに入る。
少し薄暗い部屋の壁に入選作が飾ってあった。
入選作を端から順に見て行ったが、彼女の作品が無い。
「あれー?」と思ったら、その先に「フォトアサヒ賞」として彼女の作品「木漏れ日」があった。
「入選」の上は「特選」だが、彼女の作品は朝日新聞から表彰されているのである。
展示順では特選の次だから、「最高賞」ではないようだ。この会場は「撮影OK」、しかも「拡散希望」とあったので、私はこのブログで拡散したのである。
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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06/02(金) 『染まらないために染める』パンチラインな大和魂 〜異端児染師Aizome『I』
作務衣を纏った渋めの男性が現れると思いきや、目の前の染師は2パートに刈り上げたヘアスタイルの、抱いていたイメージとは程遠い方でした。 そのカッコいい雰囲気に釘付けになったところから取材は始まりました。 人生、何がきっかけで何が起こるかわからない。 金子夫妻と話をしているとつくづくそう思います。 「藍と出会って人生が変わった。」 今回お話しを伺ったのは、そうきっぱりと言い切る金子智志さんと愛さんです。 本当にこんなところに工房があるのだろうか…? 地図を頼りに探し当てた工房のある土地を見て驚きました。 湿地と田んぼに囲まれた広大な土地。 そこには、小屋を含め廃屋が何軒も建っていました。 「え!? こんな場所があったんだ!!」 それが筆者の第一声。 けれども同時に思ったこと。 それは〜。 「このお二人はなんて大きな夢を抱えているんだろう!」 ということ。 どんなに広い土地が欲しくても、この状況を見たら恐らくは誰もが諦めるだろうと思います。 なによりも廃屋の数が多いので壊すのが大変。 構築物も多い庭は広すぎて手入れも大変です。 ここを買うのは、たくさんお金を持っている人か、夢が大きく手入れが苦ではない人だと思いました。 現れたご夫婦と出会い、一目でこのお二人は後者だと直感しました。 ヒップホッパーが染師になると決めた日 金子愛さんは、伊達紋別駅近く「クリーニングのかねこ屋」の娘として生まれ、ピアノ教師を生業にされて今年で21年目。 その愛さんがパートナーとして選んだのは、ヒップホップに勤しみMCを生業にすることを志していた智志さんでした。 出会ったのは、その智志さんが夢をあきらめ、故郷の伊達市にUターンし、その後しばらくした頃のことでした。 「12年前、札幌から帰ってきてからは建築業に就いていました。」 そう話す智志さんの口から出てくる言葉は、とにかくイチイチ面白い! 韻を踏むような言葉がポンポンと出て来ます。 さすが、MCを目指していた方! 「僕、言葉が大好きだし大切にしているんです。ヒップホップをやっていたので、韻を踏む言葉の並びで、複雑な心の動きや物事の状況をバシッと表現するのが好き。そういうのパンチラインて言うんですよ。でもね、『言葉より藍!』と確信する出会いがあったんです。 藍に出会ったのは6年前でした。ニューヨークで寿司屋をやっている友達と会ったのですが、彼はアメリカに住みながら、日本人としての紺色にこだわりを持っていました。『和の心』を紺色=ジャパンブルーに求めていたのです。その時、僕の中に何か響くものを感じました。その日から、頭の中が紺色でいっぱいになりました。黎明館(藍の体験館)に通ったり、独学で学んだりしてすっかりと『藍』にハマってしまったんです。」 へ〜! パンチライン! 初めて耳にする言葉です。 最初は少々緊張していたお顔の智志さんでしたが、徐々に頬を緩め、次々とパンチラインをちりばめて語り始めました。 「とにかく藍染にハマって、3年間独学で染めていました。でもどうしても独学には限界がありました。そこで3年前、徳島の『BUAISOU』の研修生に応募しました。全国でわずか3名の狭き門に合格して研修生になることができ、12日間の研修をさせていただきました。そして、どうしても迷いがぬぐえず自信が持てなかった僕のやり方を『それでいい』とお墨付きをいただくことができたんです。嬉しかった。ようやくこのまま突き進んでいいんだ!と自信が持つことができました。」 『BUAISOU』について 世界各国からワークショップの依頼が殺到し、ハイブランドとコラボし、グローバルな活動をし続ける徳島の藍染工房です。 徳島県を拠点に、藍の栽培から染色、仕上げまですべてを一貫して行うBUAISOUは、古き良き伝統をそのまま受け継ぐのではなく、常に進化をし、先人たちをリスペクトしながらもそれを超えていく努力を続け、未来に繋ごうとしている。 わずか5人で運営する工房は、2015年4月されました。BUAISOUの名は、白洲次郎の邸宅「武相荘(ぶあいそう)」にちなんだものだそうです。 Bluem の誕生 ところで智志さん、『BUAISOU』研修においてお墨付きを得られたものの、しばらくは染師と建築の仕事の草鞋を二足履いていました。 けれども次第に口コミでオーダーが入る様になり、二足の草鞋を履いていては藍染の仕事が追いつかない状況になりました。 技術の確かさも証明されました。 それは「伊達美術協会」から表彰された『協会賞』という最高賞。 月と海、人間と自然を表した作品。 タイトルは『183672144288』 タイトルの意味はこうでした。 〜人と月と海の共通となる数字『18』。その18の倍数が人間の『生』を表し、目には映らない人と自然のつながりを人類が最も信頼し、裏切られてきた『数字』で表現しました〜 18:1分間に月が引き起こす波の回数=人間の1分間の呼吸の回数 36:人間の平均体温 72:人間の1分間の心拍数 144:人間の最高血圧 288:日数に変えると10月10日で妊娠期間と同じ 「人間が最も信頼し、裏切られてきた数字」この言葉だけで俄然実物を観てみたくなりました。 6月3日より2ヶ月間、「だて歴史文化ミュージアム」において展示会が開催されます。 「本格的に染師として生きていきたいと考えていたので、そのためにも自分の工房が欲しい!と思っていました。工房にする場所をずいぶん探したのですが、タイミングや予算も含め中々『ここだ!』という所に出会えなくて…。 がっくり‥としかけた一昨年の冬、出会ったのがこの場所でした。見に来たら一目惚れ。だいぶ荒れていましたが迷いはありませんでした。実はここ、子どもの友達のおばあちゃんの家だったところなのです。妻がそれを思い出してくれ、購入に結びつきました。」 昨年6月、ついに念願の城が手に入りました。 金子さんご夫婦にとっては夢に向かうThe 1’st stage『Bluem』です。 “ Blue “ × “ Bloom “ つまり青=藍 と開花。 藍で笑顔の花を咲かせたい! 藍で自分たちも開花したい! そんな想いが込められていました。 韻を踏む言葉が大好きな智志さんらしいネーミングです。 「『Bluem』は『藍』製品をカッコいいものとしてブランディングしていく場だと考えています。異文化交流はもちろん大事です。でも日本人として異文化を受け入れながらも、大和魂というか、『和の心』を『藍』を通して表現したい。だから『染まらないために染める』んです。ここを『まちのハブ』として育てて、いろんな人たちと繋がりながら行動して、自然を尊ぶ日本人のDNAを呼び覚ましたいんです。」 循環型ファッションを目指して ところで、今までの経済合理性は短期的にも長期的にも継続は難しい状況だと言われています。 そんな中、若い人を中心に高まってきたのが「気に入ったものを修理したり、染め直したりして長く使いたい」というニーズ。 衣料メーカー自体が「お客様に頻繁に買い替えさせる売り方ではなく、アフターケアを軸に『3つのR』をビジネスモデルの根幹にしていると言われています。 R:リユース(再利用) R:リデュース(使う資源を減らす) R:リサイクル(再資源化) の3つです。 「僕は自然のこと全然詳しくないです。SDGsとかもよくわからない。まあ持続可能な社会を目指そうということですよね。でも思うんですよ。藍もそうですが、人間は自然の恩恵なしには生きていけない。食べ物だってなんだって素材は全て自然が与えてくれています。でも、人間の勝手で飽きたり汚れたりすると簡単に捨てられてしまう。元は全て命なのに。そんな傷んでしまったり、汚れてしまったりしてしまったものを藍染によって甦らせることができるんです。幸い妻の実家がクリーニング屋なので、汚れやシミはしっかりと取り除いてから、新たな命を吹き込むことができる。おまけに堅牢性も増します。モノを大切に残すためのお手伝いができるのも幸せを感じることです。そうそう!あるピザ屋さんの窯から出た灰も藍染めに使えるんですよ。灰だって元は木。いただいた命に感謝して、最後までできるだけ捨てず使わせていただきたいと思っています。子どもたちの子ども、もっと未来の子どもたちのためにヒトが生きる源の自然を、僕らの役目として僕らの仕事で残して行きたいです。そう、『サスティナブルー』な仕事として。」 最後は韻を踏んで締めてくれました。 智志さんの中では当たり前の活動から生まれる循環。 ヒトもモノも自然もとても大切にされているお人柄が窺えるお話しでした。 人との出会いを一つ一つ丁寧に心に刻んでいるからこそ繋がっていく糸。 きっとお二人の出会いも…♡ 何度かその話を振りましたが、どうやらお二人だけのシークレットのようです ^^ お話しをしていて感じたのですが、ご夫婦のお人柄が多くの素敵なご縁の糸を手繰り寄せている気がしてなりません。 それを証明するかのようなイベントが、昨年の夏に開催された初イベント「草紙奏藍」でした。 先の見えないコロナ禍真っ只中、子どもも大人もみんなが疲弊してどんどん笑顔が少なくなっていく状況に、心を痛めていた金子さんご夫婦が立ち上がり開催されたのが、この『草紙奏藍』でした。 結果大盛況でしたが…。 思いついたのはいいけれど、正直他の作業もあり気持ちはいっぱいいっぱい。 広すぎる庭の草刈りはおろか、イベントに際しての環境整備もままならない。 途方に暮れそうになった時、助けてくれたのは、金子夫妻の活動を見守ってきた地域の方々や友人たちでした。 中には遠方から駆けつけてくださる方もいました。 畑違いの仕事から飛び込んだ『藍』の世界でしたが、元々のお二人の仕事や趣味の人脈のおかげで、予想を遥かに超えるお客様にお越しいただき、イベントは大盛況のうちに終わることができました。 もちろん、評判は上々。 きっと、今年の夏も期待されているのではないかと思います。 「今後もイベントは色々開催していきたいと考えています。全国シェア2位と呼ばれる篠原さんの藍の生産と“すくも”に加えて、染師としての技術や製品もグローバルに羽ばたかせて行きたいです。まずは「藍の町」伊達を歩く人たちの服や小物を藍色に染めたい!と思っています。」 2時間に渡った取材は、お話し上手な智志さんに乗せられ、素敵すぎる愛さんの笑顔に乗せられ、楽しくて楽しくてあっという間でした。 その楽しさはきっと、お二人に関わった方皆様が感じることだと思います。 I (藍)の形をバトンになぞり。 I (私)が染師として。 大和魂のI (愛)を届ける。 きっと、最後の『愛』は妻の愛さんと共に〜の意味が込められていることと思います。 AIZOME「I」 / Bluem 情報
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