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(続)あいつとの32年間の空白を埋めるために

カミさんが世界史を勉強しなおしている。

すると突然、昨年の11月辺りに

「ヨーロッパに行こうよ。1月に。」

と言い出した。

僕としては仕事も詰まってきているし、
心の余裕があまりなく、
積極的賛成をしなかったが、
結局行くことになった。

今回はローマ時代。
そしてオスマン帝国の時代に焦点を合わせ、
ローマとイスタンブール、
それにどうせならスペインにいる
弟の様子を見に行こうと
5日間の駆け足の旅程に詰め込んだ。


スペインの教会

そう。
末期がん宣告されていたあの弟だ。
余命半年とか言われていたのに
彼は2年経ってもまだ健在だった。

ここで少し話が遡る。

=============

弟がスペインで半年から1年の寿命と告げられ、
北海道の我が家に来たのが2023年1月のこと。

それから幸運にも知人の医師の伝手で
室蘭の病院にすぐに診てもらって
即入院、治療ができることになった。

帰国して住民票をとり、
国民健康保険に加入をさせてもらったり、
帰国の際の痛み止めの薬の持ち込みやら
僕は何かとバタバタと弟を世話したわけだが、
その甲斐があったというものだ。

こうして室蘭で入院しての放射線治療、
通いながらの抗がん剤治療をする中で
4月に一通りの治療が終わる頃には、
彼のがんは幸いにも小さくなり、
その後小康状態となった。

このまま収まってくれそうな
予感がしてきた。

それで弟は横浜にいる両親のもとに
行くこととなった。
もう90歳近い両親たちとの時間も
限られているから
そばにいるべきだった。

横浜には以前、
肺がんで肺の3分の1をとった父が
母とそれなりの生活をしていた。

1年に数回、僕も両親の様子を見に行っていたが、
このところだんだんと父は、
いつもの減らず口が減ってきて、
だいぶ弱ってきているように見えていた。
以前のように僕と最近の政治や経済の話題で
議論をする気力もなくなり、
少し寂しくなってきた。

そこに息子が癌になって
こうして久しぶりに帰ってきたわけだが
父親としてはまあどういう心境だったのだろうか。

とにかく、横浜のマンションで
肺がん患者の2人と80代後半の婆さんとの
3人の生活が始まった。

そして2ヶ月ほど経ったある日。

親父が熱を出して緊急入院した。
感染症が原因だった。
弟から連絡があり、「多分もうダメだろう」
とのことだった。

(つづく)


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豊浦町でワンコたちと暮らし、たまに海で遊ぶ日常をつづります。

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