
スペイン巡礼の旅
ガソリンスタンドで給油をしてまもなく、ポルトマリンという町に立ち寄った。
ポルトマリンは人口1700人くらいのミーニョ川という川沿いの町だが、紀元2世紀にローマ軍によって港が建設された記録がある古い町で重要拠点だったのだろう。
この「ミーニョ川」は、ここから20kmくらい北にあるあの城壁があったルーゴという町のさらにその北から南下し、このあと西に曲がりながらポルトガル国境を作り、大西洋に流れ込む350kmの川である。
ということは、だいたい日本で一番長い川の信濃川(367km)と同じくらいの長さの川となる。(ちなみに利根川322km、石狩川268kmが日本河川の長さベスト3)
要所要所で水源地やダムで治水されるこの川の流域にはブドウ畑や農耕地があり、そのための大切な水源になっているという。
実はこの町にも団長が建てた石柱がある。
今回は町長にも来てもらって四国遍路のPRに一役買ってもらった。
忙しそうにしている町長に白衣(はくえ)を着せて記念撮影。
この石柱にはサンティアゴまで91.5kmとあった。
昼食をとってからポルトマリンを後にし、また車に乗り込み、アルスーアの手前30Kmの町パラスデレイに立ち寄った。
ここにも団長の建てた石柱があった。
パラスデレイからはサンティアゴまであと68kmとなっている。
巡礼路のあちらこちらに松岡団長の痕跡があるんだな、と僕は感心しきりであった。
パレスデレイからこの日の最終目的地アルスーア(Arzua)にはいる。
この町では3回目の講演会が予定されている。
しかし、この町ではもうひとつ大きな目的があった。
それは、新しい石柱を設置するというものであった。
我々は通訳の武部さんと合流すると、ここまで後生大事に運んできた石柱を下ろした。
石柱を引っ張ってしばらく歩き、設置予定地に到着。
アルスーアの中心部にあるツーリストインフォメーションセンターの足元であった。
とりあえず梱包を開けて予定場所に置いてみることにする。
とりあえず設置予定地に置いてみる。
このあとコンクリートで固定されることになる。
ここからサンティアゴまでは39kmだ。
今回の石柱もいずれGoogle Street Viewに載ってくるだろう。
上の画像は2013年という古い画像
・・・と記念撮影。
さてさて、今回の石柱は僕らにとってもとても特別なものになった。
というのは・・・
ジャジャーン!
なんとこの石柱、今回のメンバーの名前が刻まれているではないか!
団長の粋な計らい。
これってなかなか無いことではないだろうか。
自分の名前が石柱に刻まれるとしたら、せいぜい墓碑くらいではないか。
そうだとしても墓碑ならせいぜい自分の親戚何十人の目に触れるくらいか。
しかし今回の碑はスペインの地、巡礼路においてこのあと何世紀もの間、いろいろな巡礼者の目に触れることになるのだ。
フランスの道を歩く巡礼者が年間18万人。彼らの多くが僕らが存在した痕跡を目にしていくわけ。
いやいや、自分がこの世に存在した証がスペインにできるとは思わなかった。
こりゃもう冥土の土産となったかなと・・・。
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