心の伊達市民 第一号

食べ物の話をしている限り、誰とでも仲良く出来る。
世界のどこの国でも、食べ物に困っていない限り自分の好きな食べ物の話で喧嘩にはならない。
政治・経済の話では対立が起きるが、食べ物はなによりも平和な話である。
そこで今回は「食べ物」の話である。



小冊子「うなぎ百選」


私の好きな食べ物は色々とあるが、特に好きなものは「うな重」である。
でも「肝吸い」はあまり好きではないので、注文はしない。
臓物があまり好きではないので、ヤキトリのレバー、もつ鍋などは食べない。


10月10日に両親のお墓参りに行った時に、同級生のY君と「うな重」を食べた店で「うなぎ百選」という
小冊子をもらった。この本に書かれた数々の「うなぎ」に関するエッセイが面白い。



「創作落語」


「創作落語」、「うなぎの蒲焼大好き文豪ナンバーワンは誰?」、「まむしと半助」、「江戸の鰻屋」など、どれも面白い。今まで色々な無料小冊子をもらったが、殆ど面白くない中でこれは際立っている。
ページの最後の方に「うなぎ百選会」のメンバー表が載っていたので、私の行ったことのある店を探してみた。北は北海道から、南は九州までの名店が載っている。



「うなぎの蒲焼大好き文豪ナンバーワンは誰?」


小冊子の中で私の行ったことのある店は、次の店だった。
「伊勢定」、「大江戸」、「松川」、「宮川本廛」、「伊豆栄」、「藤田」、「川千家」、「竹葉亭」、「ての字」、「ひつまぶし名古屋備長」、「はいばら」、「志乃ざき」、など12店であった。


しかし私の一番お気に入りで、しかも200年の伝統がある「野田岩」が載ってない。
なにか理由があるのだろうが、気になっている。他には名古屋のひつまぶしの名店「蓬莱軒」も載っていない。「仲間になりたくない」という変なプライドか?



「まむしと半助」


「うな重」は色々な店で食べたことがあるが、「関東風と関西風のどちらが好きか?」と問われれば、「関東風」と答える。では関東風と関西風の分岐点はどこかと言えば、どうも静岡らしい。
私は仕事で何回も静岡に行ったが、その時に関東風と関西風の店があることを知った。


その中でも際立つ店があった。東名高速道路を降りてすぐの場所にあった店で、関西風だが、なんとうなぎが頭付きでまるまる1匹、ご飯の上に乗って出て来た。これは驚いたが、静岡に行くたびに店に寄った。



「江戸の鰻屋」


先日のブログでお墓参りの帰りに、同級生のY君と藤田へうなぎを食べに行った話を書いた。
するとやはり同級生のK君からメールが届いた。


『鰻の「藤田」へ行かれたそうですね。現役時代は仕事でよく使いましたので、懐かしく拝見しました。
味は如何でしたか?食通の貴君には、少し物足りなかったのではないでしょうか? 私は藤田は少し固焼きですので、八王子では「高瀬」の方が美味いと思います』。
このように食べ物の話は人それぞれなので、話題にするには最適である。



「はいばら」(築地)


ある時、浅草橋に行った。
その時に以前にマンションの友人(Xさん)に連れて行かれた「うなぎ屋」のことを思い出した。
ここは小さいカウンター席だけの店だが、お客の顔を見てから鰻を捌くのである。
そしてそれから蒸して焼くのだから、出て来るまでに40分くらい掛かった。


うろ覚えの中で店を探したら別の店に替わっていたので、帰ってからXさんに知らせた。
Xさんはすぐに店に電話をしたら、「やってますよ!道が一本違います」と言ったとメールが来た。
「うろ覚え」は今では「覚えていない」と同じになった。



ひつまぶし「備長」(東京スカイツリー)


(おまけの話)
よく「おふくろの味」という話を聞くが、子供の頃に作ってくれた好きな料理のことである。
私の母の思い出の料理は「くずしロール」である。
これは本来は母の尊厳の為に公開を憚れるのだが、実は「ロールキャベツ」の変形である。


忙しかった母は、『どうせ食べる時には崩れてしまうのだから、最初からキャベツを巻かないでも良い』と考えて巻かないロールキャベツを作っていた。合理的ではあるが、手抜き料理である。



「伊勢定」(日本橋)


次に時々、テーブルに上がった料理が「チャン汁」である。
最近は女房も毎日のメニューを考えるのが大変となり、『なにか食べたいものはない?』と聞く。
そこで私は母の思い出料理の「チャン汁」を所望した。


女房が『それはなに?』と聞くので、『醤油味、胡椒味、野菜(もやし、白菜)、こんにゃく、豆腐が入っていたように思う』と言ったら、それらしきものが出て来たが、なにか違う。



「俺のうなぎ」(新橋)


そこで女房は私の姉に聞いてみた。すると姉は『私は嫌いだったから、覚えていない』と言った。
そこで次に私の妹に聞いたら『コンソメ味で、余り物の野菜を何でも入れる手抜き料理』と教えてくれた。
そして「それらしきもの」が出来た。なんだか懐かしい味だった。


次に『チャン汁の名前の由来』を聞いたら、妹はそこまでは知らなかった。
ネットで検索したが見当たらないので、「チャン汁」は我が家だけの料理で母が名付けた名前のようだ。
自分が年をとると、父母に『聞いておけば良かった』ということが増えて来る。



「野田岩」(銀座)


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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