心の伊達市民 第一号

2月19日に飯田橋にあるホテル・メトロポリタンの高石早苗衆議院議員のシンポジュウムの前に、久し振りに神楽坂を歩いた。シンポジュウムは午後2時からなので、その前に近くの神楽坂に行ったのである。
ここには女房のお気に入りの関西寿司の店があったのだが、かなり前に閉店となってしまった。
その後も良さそうな店を見付けて行っていたようなので、たまに私も付き合った。



神楽坂は名前の通り、坂が多い。


神楽坂は落ち着いたお洒落な街ということで、しばらく前から奥様方の人気スポットになった。
人が集まると、店が増える。しかも若者向きの店が増えてしまい、神楽坂の良さが失われていった。
ただ裏通りを歩くと、今でも神楽坂らしい雰囲気が残っている。



神楽坂の中央にある「善国寺」


私が神楽坂に行く時は、大江戸線の「牛込神楽坂駅」で降りる。
そこから2~3分で神楽坂の頂上付近の交差点に出る。
ここを右折すると神楽坂のメインストリートとなり、JR飯田橋駅へと続く。



「山せみ」のランチ定食「ヒレカツと蕎麦」(1300円+税)


私は昼時なら、右手にある蕎麦屋の「山せみ」に入る。
蕎麦が美味しいのだが、いつの頃からか「とんかつ」も始めた。
この日はランチに「ヒレカツと蕎麦」を注文した。
値段が少し高いせいか、或いはコロナの「まん延防止期間中」のせいか不明だがお客は少ない。
気持ちは食べたいのだが腹がいっぱいとなり、ご飯も蕎麦も少し残してしまった。



善国寺の境内に吊るされた絵馬


食後はその先の「善国寺」をお参りする。境内にはおみくじと絵馬がたくさん下がっている。
お参りを済ませてから、みずほ銀行の脇を左に入る。
そこにはカフェ「Patio」がある。ここには何度も行っている。
神楽坂に住む同級生のMさんの知り合いの、元芸者さんが店主なのである。



カフェ「Patio」


その先は突き当りとなり、右へと路地が続いて行く。黑塀のある細い路地は、昔の花街を連想させる。
小さな料理屋や飲み屋があり、夜はもっといい感じなんだろうと想像する。
店の入口には小さな行灯が置いてあり、そこに店の名前が書いてある。



路地を入ると黑塀が多く見られる。


元々、アルコールが飲めない私だが、こういう場所に来ると『酒が飲めたらなー』と思う。
神楽坂は名前の通りに「坂の多い」町で、それがまた良い雰囲気を醸し出している。
平坦な街は味気ないが、坂があるだけで雰囲気が出る。
両側に続く小さな店を見て廻ったが、「まん延防止期間」で「3月6日まで閉店」という店が多かった。
武漢から始まった新型コロナウィルスは、アチコチで街の経済を痛め付けているのが見える。



この道路の両側は料理屋が多い。


(おまけの話)
神楽坂には同級生のMさんが住んでいて、以前は時々、神楽坂で待ち合わせてひと時を過ごした。
しかしコロナ騒動の始まる前に、彼は夫婦で倉敷に引っ越して行った。


倉敷の街は静かで趣があるので、Mさんが落ち着いたら訪問すると連絡していたのだが、それもコロナで叶わなくなってしまった。人生の残り時間が少ない私にとっては、出来る内にしておかないと何事も出来ずに終ってしまう恐れがある。「その内に・・」というのは、若い頃のことなのである。



竹塀がプラスチックだったので、興覚めだった。


Mさんとは中学・高校を一緒に過ごした同級生である。
彼のことを書いたら『エー、本当?』というような面白い話ばかりなのだが、残念ながらプライバシーだらけで書けない。彼の家は西多摩の日の出村であった。今では町になったが、その頃は東京都でも珍しい「村」だった。


ここは元総理大臣の中曽根康弘氏が別荘を持っていて、レーガン元アメリカ大統領を招いたことで有名になった。Mさんが育った頃は交通も不便だっただろうから、学校まで来るには大変だったろうと思う。



奥まったとこにある雰囲気のあるレストラン


私が社会人になったばかりの頃の話だが、テレビを見ていたらMさんが出ていた。
番組は歌番組で、『今年、成人を迎えた歌手の皆さんです』と紹介していた。
私はビックリした。Mさんはその時は既に23歳だったからだ。


後に彼に会った時にそのことを言ったら、『芸能界とはそんなものだよ』と言っていた。
彼は水前寺清子とデビューが同期だそうで、「よく一緒の列車で地方回りをした」と言っていた。
コロナが一日も早く終息し、Mさんに会いに倉敷に行きたいなー。



焼き鳥屋のメニューが黒塀に貼り出されていた。


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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