
心の伊達市民 第一号
特大の秋田犬
テレビのニュースで「特大秋田犬」の記事が出ていた。
これは本物の犬ではなく風船で作られた秋田犬で、JR秋田駅から出張して来ているとのことだった。
そもそもは中央線の6駅で実施されている「東北6県スタンプラリー」で八王子駅が秋田担当になったことから、駅員が秋田支社に相談し貸し出してもらったのだそうだ。

JR八王子駅と秋田犬の説明文
新型コロナ騒動以来、それ以前は毎月のように行っていた中学・高校時代の友人達と作っている「都心を歩く会」が中止になっている。
今はメールで近況を知らせ合っているが、後期高齢者ともなると「便りが無いのは良い便り」にはならない。そこで「都心を歩く会」のメンバーで多摩地区に住むYさんに近況報告を兼ねて「秋田犬の報告」を頼んだのである。

秋田犬は「みどりの窓口」の中にある。
すると彼は近くに住んでいながら、この秋田犬のことは知らなかったようだ。
そしてメールで返信が届いた。「毎回の話題探しに苦労しているようですが、健康の為にも散策を続けてください。秋田犬の話題を提供していただきありがとうございます。早速今日の午後にでも行って来ましょう。写真を撮って送ります」とあった。
彼は孫と一緒に住んでいるせいか、年甲斐もなく絵文字の多いメールだった。

大きな秋田犬は子供に人気があるらしい。
その日の夕方にYさんから「秋田犬」の写真が送られて来たが、メールには写真が添付されていなかった。どうやらスマホで撮影して、それを私のパソコンに送信したらしい。
なにがどう悪かったのか分からないが、写真が削除されてしまったようだ。
私のスマホを確認したら、こちらにも同じメールが届いていて、写真が付いていた。そこでそのメールを自分のパソコンに転送した。

なかなか良く出来ている。
ブログに載せるには写真の枚数が少ないので、「もっと送ってくれ」とメールを出したら、親切にも翌日にもう一度、八王子駅まで行って写真を撮ってくれた。しかしまたスマホ写真だった。
彼は我々、同級生で作っている「デジカメクラブ」の会長なので、高級カメラで撮影するかと思っていた。これでは一眼レフカメラが売れなくなるわけだ。
コロナのせいで同級生に会う機会も無くなったが、こんなことで旧交を温めるしかないのが寂しい。

子供と比べると、かなり大きいのが分かる。
子供の頃に我が家では秋田犬を飼っていた。
名前は「ゴロウ」と言ったが、今から考えると子犬の時代を知らないので、成犬をもらって来たのだろうと思う。体は大きかったが、性格は大人しかった。
でも躾をしていなかったので、扱いには苦労した。

お尻の×印が可愛い。
時々、ゴロウの鎖が外れてどこかに行ってしまう。
その時はみんなが総出で、「ゴロウ!、ゴロウ!」と叫んで呼び戻す。
するとどこからともなく戻って来る。
しかし近所の人から苦情が来た。2軒先の家のご主人の名前が「五郎」だった。
でも今さら犬の名前を変えるわけにもいかず、その後は小さな声で呼び戻すようにしたのである。

秋田美人の勢揃い
(おまけの話)
時を同じく、「都心を歩く会」のメンバーの西田さんからメールが届いた。
彼からのニュースは北海道からの情報だった。
「今日は私の北海道の友人から添付のような北海道新聞1月26日版が届きました。昨年1月下旬から2月初頭にかけて何かの理由で根室市、別海町周辺にやって来たハクトウワシが今年も当地にやって来たようです」。

北海道新聞の記事から
「昨年私と数名の仲間で冬の北海道撮影旅行に出掛けた際にもこのハクトウワシの飛来がニュースとなっており、丁度風蓮湖畔で撮影をしていた時期にこの周辺に来ているとの話で期待していたのですが、生憎短期間の滞在で姿に触れることは出来ませんでした。今年は残念ながら撮影のチャンスはありませんが、この個体が道東地域を気に入ってくれて来年以降も飛来してくれる事を切に願っております」と新聞の切り抜きも添えてあった。

プロ級の腕の西田さんは何年も道東に通い詰めて撮影した野生動物の写真を使い、カレンダーを作って送ってくれた。「オジロワシの勇姿」(西田洋一)
伊達市に行かなくなってかなり経つが、それでもいつも北海道のニュースは気になっている。そんな時に伊達市の農家のSさんに注文しておいた「ゆめぴりか」が届いた。いつものことだが、ダンボール箱には北海道新聞が入っている。
この新聞を読むのも私の楽しみの1つである。東京では分からないローカルな話題が楽しい。ひょんなことから伊達市に縁が出来て、今でも北海道とか伊達市の記事を見ると故郷のような気持ちになれるのは想定外の喜びになっている。

「ねぐらへ帰る」(西田洋一)
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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むしゃなびエリア(胆振地区・虻田郡)にて 会いに行ってみてほしい ”人” にフォーカスする企画 【あの人に会いに】vol.7 今回は、洞爺に7月18日にオープンした 『いわきち料理店』店主の 本田 梢(こずえ) さんです。 『好き』では進めなかった料理の道 「子どもの頃、家族の誕生日や母の日には早起きして、料理を作ってサプライズしていました。それが原点」 「あと、食べるのが大好きでした。3歳の時にはラーメン一人前食べてたくらい(笑)」 子どもの頃から食べること、そして誰かのために料理を作って喜んでもらえることが大好きだった梢さん。高校卒業後は調理の専門学校へ進学することを決めていました。しかし、受験を目前に控えたある日、飽食問題や世界の食の不均衡について考えるようになり、自分の進路にも疑問を持ちました。 「中学生の時に、狂牛病が流行って多くの牛が殺処分されました。人間中心にまわる世界に疑問を抱くようになり、食べ物の背景について考えるようになりました」 「日本では食べ物を沢山捨ててしまっていて、でも他の国には食べ物が無いらしい……そんなジレンマに気付いて。料理をやっている人はもう沢山いるし、私はやらなくても良いのかなとか、悩んでしまって」 料理の道に進めないと感じた梢さんは、受験の1か月前に急遽進路を変更。短大へ進学し、卒業後は一般企業に就職しました。家に帰れないほどのハードワークをこなしながら、自身の理想と社会との葛藤も感じていました。 「学生の頃にインドに行ったときに出会った日本人の方が、帰国後、自給自足のような暮らしをしていて……。そんな自然と近い暮らしが理想だと心のどこかで思ってはいたけど、普通に生活していると、そんな暮らしは非現実的なように感じていて。実現している人を目の当たりにしたことで、自分の本当の考えに気付いてしまったというか……。そういうのもあって、会社勤めは長く続かずに辞めちゃうんですよね」 まず、自分自身が平和であること 退職を決め、その後の1年間は環境活動に参加していました。 「原発問題で青森や泊まで行ったりしました。でも、怒っている自分たちと、現地でそれが正しいことだと思っている人たちと。もし私たちの考え方が認められたとしても、反対の人たちは納得がいかないまま、今度はまたその人たちの怒りで繰り返しなんだ……と思って」 平和を想っているのに、そのベースが世の中への怒り。戦争などネガティブなものの原因となる心を自分も持っているということが、自分を見れば見るほどわかってきました。 「一番近くにあって、責任を持てるのはまず自分。個々が集まって全体になるから、自分自身が平和であることが一番の基本だと思って」 そんな気付きを経て、梢さんは環境活動を離れ、無期限の旅に出ることにしました。 「いつ帰ってくるかもわからなかったから、母と握手をして実家を出てきました」 インドに1年滞在 中国、タイ、ラオス、イギリス、イタリア……そして学生の頃に訪れたインドも再訪し、1年ほど滞在しました。 インドでは、梢さんが今も大切な習慣としている”ヴィパッサナー瞑想*”を本場で体験する機会に恵まれました。 「瞑想って神秘的なことではなくて、すごく地味な作業。反応せず観察する練習。私は良いものだなと思って、それから続けています」 *ヴィパッサナー瞑想:「ものごとをありのままに見る」という意味の、インドの最も古い瞑想法のひとつ。宗教儀式ではなく、欲望・嫌悪・無知を取り除く心の浄化のための実践法。日本では10日間のコースが開講されており、社会から完全に離れ、人と会話せず、沈黙の中で自己観察によって自己浄化を行う。コースは無償で、修了者の寄付と奉仕で運営されていることも特徴。 「他には、自然農をやっている夫婦のところで何か月か暮らしました。すごくパワフルな場所で、来た当初に表情が暗かった人が滞在していると生き生きとしてくるっていうくらい力のある所でした」 結果的に2年弱の旅となり、帰国しました。また会社に所属して働くイメージはできず、帰国後は山小屋で働くことにしました。 山小屋にて、料理への想いが再燃 一度は閉ざした料理の道、歩み始めることにしたきっかけは山小屋でのお仕事でした。 「山小屋で料理担当となり、一日中料理をするようになって。料理は自己流だったので、誰かの元でちゃんと学びたいと思い始めました」 その頃には精進料理* やマクロビオティック* などに出会っていた梢さん。自分の理想と矛盾なく、その場の感覚を満たすだけではない料理があることを知り、再び志したいと思うようになりました。 *精進料理:仏教の戒に基づき殺生や煩悩への刺激を避けることを主眼として調理された料理。作る過程も仏道修行の一つとされる。食材と向き合い、なるべく無駄が出ないように調理することが特徴。 *マクロビオティック(マクロビ):玄米菜食を基本とした日本発祥の食事法。暮らす土地の旬のものを食べる、食材は丸ごといただくという二大原則がある。 ところで、山小屋で働かれるということは、登山好きだったのでしょうか。 「同僚たちに『満月の日に稜線まで行こう』と誘われて。何もわからぬまま付いていったんですけど、暗いから景色もなくて、空気も薄くて、すごく苦しくて。もう絶対登山やらない、って思ったんですよ」 「でも、稜線を抜けたときに、世界がガラっと変わって……。満月に照らされた、白い山が見えるんですよね。その瞬間に、全部一掃されて」 それからは、休憩時間にはトレーニングとして山を歩いたり、休みがあれば他の山に行ったり、更にはテントを持って一週間も山に行くほどの登山好きに。 「山と瞑想は、一生続けるだろうなと思います」 欠落を埋めるため、必死にもがいた10年間 料理を学ぶなら東京!と、鎌倉や東京の精進料理、懐石料理、日本料理店にて修業を積みます。日本料理の現場は、どこも凄まじい厳しさでした。 「とにかく必死で。仕事に笑顔や楽しさは不要という感じで、雑談も一切なく。でも、本当に料理に真剣な人しかいませんでした」 職場では怒号が飛び、夜遅くに帰宅してからも更に勉強。まさに修業と言う名の日々。 「ルームシェアをしていたので、コンビニのイートインスペースで朝4時まで勉強したり……」「賄いでも、親方のOKが出るまで何度も作り直すので、仕事終わりに毎日(他のお店の)冷やし中華ばかり食べに行ったり……」 梢さんは必死に食らいつきましたが、1年ほど経った頃、心身共に限界を迎え続けられなくなってしまいます。 「『また挫折しちゃった』と思って。凄く怒られていたのもあって、その時は自分が世界一の落ちこぼれだって本気で思っていました。いつも辞めてばっかりで、志して来たのにまた辞めちゃうんだ、って」 それでも、料理への想いはどんどん大きくなっていき、その後も場所を変えて修業を続けました。 しかし、そのどこもまたハードな現場でした。緩やかな環境で働くという選択肢もあったはずなのに、いつも厳しい環境に身を置いていた梢さん。 「”欠乏している、足りていないところを埋めなきゃ”って思いこんでいて。弱いのにストイック。だから飛び込んでいっては、限界になって折れちゃう。しなやかじゃないというか……」 そんな修業期間にも、終わりは訪れます。 「ふと、『もう北海道に戻るタイミングだ』と思って」 札幌出身の梢さん、『東京には勉強に来ていて、いつかは北海道に帰る』と思っていました。とうとうその時が来ました。自然の近くで、根を張って暮らせる場所を求めた結果、ご縁があり洞爺湖に辿り着きました。お店を開くと決めてから、10年ほど経った頃でした。 『いわきち料理店』オープン 『いわきち料理店』は、日本料理や重ね煮がベースのやさい料理店です。 「最初は誰も来ないと思ってたんです。誰も来ない日が一日もなく、来てくれたことが嬉しかったです」。とにかく謙虚でひたむきな梢さん。料理に対する想いも自分が主体ではありませんでした。 「つくる人は一番の黒子だなと思っていて。野菜や食材があって、その野菜を作った土や太陽、生産者、運ぶ人、器を作る人、その器の土、火のエネルギー……いろんなものが集約して一皿になる」 「でも、食べ物って一瞬でなくなっちゃうし、記憶に残らなくても、”〇〇さんの料理”って思ってもらわなくても良いと思っていて。忘れられても、いろんな命が食べた人の心・身体に引き継がれていくものだから、ちょっと役に立てたらな、と」 「精進料理というと、肉食べないとか作法とかってなっちゃうけど、もっとベースのことだと思っていて。作るときの心の在り方、自分自身の修業。多分、心が純粋になっていくと、慈悲とか祈りの気持ちが沸いてくると思ってる」 とはいえ、ただ美味しいものをつくっています!と微笑む梢さん。創意工夫が散りばめられた美しいお料理の数々をぜひ体験してみてください。 そして、料理姿は凛々しく、しかしお話してみるとふわ~っと柔らかい、相反する雰囲気を兼ね備えている梢さんに会いに、お店まで足を運んでみてください。 【いわきち料理店】 (洞爺社会福祉協議会向かい、水の駅から徒歩2分) やさい料理店 veggy Japanese 日本料理や重ね煮がベースのやさい料理 昼 11時~13時半 L.O 夜 17時半~19時半 L.O ●やさい懐石 種と実コース ※4日前までの完全予約制 ●季節の御膳 一汁三菜・香の物 ●おそうざい [量り売り販売] 木曜日のみ(15時半から19時半) ※容器をお持ちください、容器代は別料金です。 ■ご予約方法 Line:@049zwhqi instagram:@iwakichi.toya ↓
misaki
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