心の伊達市民 第一号

ブログ閉鎖中の話題(2017年8月9日)

北東アジアがきな臭い。
北朝鮮の自由社会に対する挑発、或いは脅しとも取れる行動によりアメリカのトランプ大統領は怒っている。トランプの行動は予測が付かないが、北朝鮮の金 正恩も予測が付かない。

5月14日に北朝鮮はまたミサイルを発射したが、金 正恩の考えが分からない。
予測が付かない同士が対峙しているのだから、その近隣の日本も無関係とはいかない。


防衛省市ヶ谷の地図。 PAC3は右側の緑色の場所に配備されているが、見学不可。



現在の北朝鮮の置かれた立場は、よくよく考えると戦前の日本の立場に似ている。
アメリカから散々、嫌がらせを受けて、遂に堪忍袋の緒が切れて、負けると分かっていた戦争に突入したのであるから、北朝鮮だってどうするか分からない。
そんな心配があるので、「日本の防衛はどうなっているのか?」と思い、同級生を誘って防衛省の見学に行った。


「見学者用立入証」、(指定場所以外は立ち入り禁止)。


市ヶ谷にある防衛省は事前に申し込みをすれば、誰でも見学が出来る。
私は以前に見学をしたことがあるが、友人達は初めてなので、この企画をした。
5月10日の午前11時20分に四ッ谷駅に同級生の5人が集合し、すぐにランチを食べる。
そして時間調整の為に、防衛省に向かう前に途中の坂町の裏通りを案内する。


正門横で全員集合。この後に2列で歩いて行く。 今日の参加者は27名。普段は100名ほどだそうだ。



まだ時間が早過ぎるのでホテルでお茶をして、時間調整後、防衛省の正門に行く。
係の自衛官が待っていて、手続きをすると簡単に場内に入れる。
持ち物検査も無いし、身体検査も無い。

爆発物を持った自爆犯がグループに混じっていたらどうなるのか?と心配になった。
「迎賓館の見学だって持ち物検査があったが、日本の防衛は大丈夫?」とK君が言った。


庁舎D棟前で、説明とご注意をメガフォンで話す女性自衛官。


今日の見学者が揃ったところで、女性自衛官の先導で敷地内を歩いて行く。
「2列になって、歩道からはみ出ないように!」、「指定された場所以外では撮影禁止」、「段差に気を付けて」と、やたらにご注意が多い。
さすがに自衛隊だけあって、だらだらの我々に厳しい指導がある。


市ヶ谷記念館。(正面入り口の上のバルコニーから三島由紀夫が演説した)


市ヶ谷記念館の外で説明がある。
「あのバルコニーの上から作家の三島由紀夫氏がアジ演説をし、その後、長官室に入り切腹した場所です」。次に館内に入り、市ヶ谷記念館の歴史のビデオを見せられる。

この場所は連合国によって、日本軍の戦犯を裁いた東京裁判が行われた日本の歴史の証人の場所である。


東京裁判が行われた大広間。 正面左側に裁判官席、右側に被告席が設けられた。             正面は連合国VIP席。


その後は営舎に行ってお土産を買ったり、休憩をしたりする。
隊員用にカフェのスターバックスまであるのにビックリした。
見学は2時間で終り、ここからまた2列に並んで出口に向かう。

私は2回目なので、見学者の中で私だけが知っている情報を仲間に教えた。
「あの木陰の向こうに、注意していれば僅かに見えるのが、いま話題のPAC3だよ」。
首尾良く、北朝鮮のミサイルを打ち落としてくれれば良いが・・・。


栗林中将の描いた家族向けの絵手紙。(他にも何通も飾ってあったが、非常に絵が上手だった) 栗林中将は激戦地の硫黄島の戦いで米軍を苦しませたことで、アメリカでも評価が高い。        この話はハリウッドの映画にもなった。題名「硫黄島からの手紙」


2015年4月にアメリカ合衆国連邦議会上下両院で行った安倍首相の演説の際に激戦地の硫黄島の日本軍の守備隊長だった栗林中将の孫と、突撃隊長として戦った米軍のスノーデン海兵隊中将が登場し、歴史的な和解の演出をして議場の大喝采を得た。


(おまけの話)
今にもアメリカと北朝鮮との戦争が始まるような報道がある。
大東亜戦争の記憶が薄れない日本人は単純に「戦争反対」と言うが、それは間違いではないし戦争が好きな人など殆どいない。
しかも左派の人達は、戦争放棄を定めた70年も改正されない「憲法九条を守れ!」と叫ぶ。でも世界の現実は、戦後もズーと戦争の歴史が続いている。


「ゼロ戦」・・・零式艦上戦闘機。



「軍備をするから、戦争が起きる」と左派の活動家は言うが、それなら「家の玄関に鍵をかけるから、泥棒が入るのか?」と聞きたい。
「あなたの家は鍵をかけていないの?」。

防犯の専門家に聞いた話だが、「最初の3分で家に侵入できなければ、泥棒は諦める」と言っていた。だから戦争を避けるには、攻撃されないように備えが必要なのである。


「ゼロ戦」

中国が最近になって中古で買った空母(航空母艦)を改造して自慢しているが、
実は世界で最初に空母を建造したのは日本である。
76年前に真珠湾攻撃をしたのは、空母6隻からなる日本軍の機動部隊であった。
1941年には既に日本は空母を建造できるほどの技術力を持っていたのである。

下記のURLで攻撃後に空母に着艦するゼロ戦が映っているから間違いではない。
ゼロ戦の戦い(実写】・・・・・・https://www.youtube.com/watch?v=NidNYmrOPa0


空母の上に並ぶ「ゼロ戦」。


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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