ブログ閉鎖中の話題(2017年2月13日)

人は前から「行きたいなー」と思っていても、なかなか行けなかった場所というものがある。今回はそんな場所に「私は遂に行った」という話である。
その場所は富山県にある大牧温泉である。
この温泉は「船でしか行けない秘境の一軒宿」というキャッチフレーズで売っている。

【大牧温泉】・・・http://www.oomaki.jp/


「7分間の奇跡」で有名になった新幹線のお掃除部隊。



ここには昔は村落があったのだが、1930年に小牧ダムが完成したことにより村落は湖底に沈んでしまい、この旅館だけが高台にあったために取り残されたという事情がある。
それが現在では秘境となり、船でしか行くことが出来ない。
キャッチフレーズは以前から知っていたので、「いつかは行こう」と思っていたのが、やっと実現した。


「富山の薬屋」の池田屋。


個人で行くには相当に困難な場所にあるので、今回の旅行もツアーに参加した。
以前はツアー旅行をバカにしていた私なのに、車を手放してからツアーの楽さ加減が気に入り、時々、利用するようになった。

このツアーは1泊2日の国内旅行にしてはかなり値段が高いので、参加者数も少なく11人だけだった。私達は家族3人での参加なので、もし我々が参加しなければ8人となり、このツアーは催行されなかった。


この発電所を作るためのダムで、大牧温泉は孤立した。(船の中から撮影)



先ずは東京駅から午前10時24分発の北陸新幹線で富山駅に出る。
そこから迎えのバスに乗り、時間調整の為に富山の薬屋である「池田屋」に立ち寄る。この店は1830年の操業というから、恐ろしく古い。

売り物は反魂丹(はんこんたん)という胃腸病に効く薬だそうだが、私は知らなかった。昔はどの家にも富山の「置き薬」があったなー。


30分ほどの乗船で「大牧温泉」が見えて来る。



その後、バスで小牧という船乗り場に着く。この船には宿泊者以外は乗らない。
午後4時発の定期船で30分ほどで大牧温泉に到着するのだが、道中の景色が素晴らしい。

船はダムの中を進んで行くのだが、私の思っていたダムとは違い長細いダムなので、少し広目の川の中を進む感じだ。寒いが外に出て、左右に広がる雪景色を1人で堪能する。


「大牧温泉」。右は湖、左は山で、どこにも行けない。



やがて見えて来た旅館は崖っぷちに立っていて、周りには何も無い。
特に冬場は船着場から50メートルほどの旅館までの道しか歩くところが無いのである。
だから「どこにも行けない」、「何もすることが無い」という宿では落ち着きの無い私にはどうにもならないのである。
「こんな秘境に来てまでテレビもなー」と思い本を読む。


大牧温泉のロビー。



この旅館は10年ほど前に建て替えられたそうで、とても清潔である。
廊下には多くの芸能人が来た証の写真が飾られているが、こういうのは私は好きじゃない。

やることが無ければ風呂に入るしかない。
大風呂、テラス風呂、露天風呂の3種類の風呂があるので、その全てを試す。お湯は硫黄泉で透明である。雪を見ながらの入浴は至福の時であった。


旅館内の通路には芸能人の写真付きの色紙が・・・。



(おまけの話)
私が富山県に初めて足を踏み入れたのは、今から56年前のことだった。
大学時代の友人の故郷が富山で、「黒部ダムが建設中だが、工事関係者に知り合いが
いるので見ることが出来るから一緒に行かないか?」と誘われたのである。
黒部ダムは「世紀の難工事」と言われ、その過程は映画「黒部の太陽」で再現された。


誰もいない雪見の「露天風呂」は最高である



私と友人は富山駅から宇奈月温泉に行き、そこで1泊した。
翌日に工事関係者の案内で、トロッコ、小型ジーゼル車、インクラインなどを乗り継いでトンネルを抜けてダムの見える場所まで行った。

今でこそ観光名所となりトロッコ電車も人気であるが、当時は工事関係者だけが乗るものだったので、ヘルメットを被り頭にはランプを付けて乗るというかなり危険なものだった。


夕食は数ばかり多くて調理済みのものが多いので、グルメには不満足。



その後は室堂の「雪の壁」が気に入り、その途中で何度も黒部ダムを見ている。
富山県立山市から長野県大町市に至る「黒部アルペンルート」は何回も経験したが、いつも黒部ダムを通る時には大学時代のあの時のことを思い出す。

【黒部ダム】・・・・http://www.kurobe-dam.com/whatis/


部屋から覗き見た「テラス風呂」(左)。夜半から雪が強くなって来た。


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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