「中央区いいね!」というサイトがあり、時々、見ている。
ある時、「おかめざくら」という聞き慣れない言葉が出ていた。
漢字では「阿亀桜」と書くようで、珍しもの好きの私は早速、現地に行ってみた。

場所は日本橋三越の向かい側のコレド室町1の横の道を進み、2本目の路地にある。
ここは「アジサイ通り」という名らしいが、通称で「おかめ通り」と言われている。


「アジサイ通り」の「おかめざくら」



HPで調べたら、『オカメザクラは淡い紅色をした早咲きの桜で、1947年に寒緋桜と富士桜をイギリスで交配して作ったものが逆輸入された。樹高が大きくならないことから、街路樹や狭い庭のシンボルツリーとして使われる』

『2006年にこの通りに26本が植えられ、現在は本町4丁目まで延長し約700メートルのサクラ並木が続く』とあった。
これを読んで『桜がイギリスから持ち込まれたのかー!』と驚いた。


アジサイ通り



たった道路2本の距離なのに、あまり人が歩いていない。
ある店の前に長い行列が出来ているので、覗いてみたら「とんかつ屋」だった。
並んで入店待ちをしているのは若者ばかりで、最近の若者は並ぶのは嫌ではないらしい。私の世代は戦後の食糧難の時代に育ったので、並んでまで食べ物屋に入るのは好きではない。


 逆光で輝く「おかめざくら」



「おかめざくら」であるが、満開だった。
最近はアチコチに河津桜が植えられているので、『桜は3月末から4月初め」と決めてかかっている私には早咲きの桜はあまり好ましくない。「おかめざくら」も早咲きで、見た目は河津桜に似ている。

花の色が濃く、ソメイヨシノの清楚で上品な感じはしない。
歩いている人は地元の人が多いのか、誰も写真を撮ったりしていない。
でもここに「おかめざくら」があると知ったのは収穫だった。


人通りが少ない



(おまけの話)
少し前に月島の町中華「生駒軒」に行った話を書いた。
その時に「生駒軒」がチェーン店ではないが町中華のグループで、人形町の「生駒軒」が会長だと知った。そこで家族を誘って人形町の「生駒軒」に行った。

私は少し前とで2度目だが、家族には黙っていた。
都バスを「築地駅前」で乗り換えて、「水天宮前」で降りた。


 町中華「生駒軒」



1時間毎に動く「からくり時計」を家族に見せたくて、時計台の前で待ち受けた。
午後6時になり動き出した「からくり時計」は、2分間くらいであっけなく終った。

すぐ近くの甘酒横丁にある「生駒軒」に入った。
店は小ぎれいで、女店員のオバサンはオーナー奥さんか?
白い上っ張りを着ているところなどは、正しい町中華そのものである。
色々と注文してみたが、味に関する女房の評価は「まあまあ」だった。




そのまま帰るのも早過ぎるので、私は『夜桜を見たいか?』と聞いてみた。
彼女は『今の時期でも見られるの? 見たいわねー』と言うので、昼間、私が見た「おかめざくら」を見に行くことにした。

食後で腹がいっぱいなので、のんびりと歩いて30分くらい掛けて日本橋まで行った。
私は『「おかめざくら」が満開だから、夜桜はとても綺麗だと思う』と自信を持って言った。


店の明りがライトアップ代り。



ところが現地に着いたら、当てが外れた。私は「ライトアップをしているはずだ」と思っていたのだが、道路には街路灯も少なく、桜が全く映えないのである。僅かに明るい店の前に来ると、夜桜見物となる。

昼間、行列が出来ていた「とんかつ屋」は、その時も行列が出来ていた。
夜桜見物は期待外れだったが、この日は暖かい夜で助かった。


車のライトがライトアップ代り。


大通りにある「魚久」で京粕漬の魚を買う。
斜め向かいの鳥肉屋「鳥近」で、名物の玉子焼きを買った。
その隣の「鳴門天然鯛焼き」で鯛焼きを買って、食べながら歩く。

しかし人形町という街は、とにかく飲食店が多い町だ。
行く途中の道の両側、横に入る路地を見ても、飲食店だらけである。
なぜこんなに飲食店が多いのか、誠に不思議な町だ。当然だが、競争も激しいだろうなーと思う。 


店の明りがライトアップ代り。



日本橋から地下鉄に乗るつもりでいたら、女房は『銀座まで歩こう』と言った。
私は『日本橋から銀座は遠過ぎる。新しく完成した八重洲ミッドタウンを見ながら東京駅に出て、都バスで帰ろう』と妥協案を出した。そしてブラブラと歩いて東京駅に着いたが、地下街は旅行者で溢れていた。

やっと座れるカフェを見付けてしばらく休憩し、都バスに乗ったのである。
この日の私は2回も「おかめざくら」を見に行ったので、万歩計は1万3190歩を示していた。さすがに疲れた1日だった。



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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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