心の伊達市民 第一号

東京都水道歴史館に行く

ネットサーフィンをしていたら、「東京都水道歴史館が再開」と出ていた。
「どんなところかな?」と興味が湧いて、早速見に行った。
お茶の水駅から10分くらい歩いたところにあったが、「なんだー。来たことがある」と思い出した。

以前に来た時は反対側の「本郷三丁目」から歩いて、どこか忘れたが他の場所に行った。その帰りにお茶の水駅に向かう途中で、この歴史館があったので入ったのである。
でも「改装再オープン」なら、かなり変わったはずと思った。


 「東京都水道歴史館」



入口で係の男性が言った。『イヤフォンガイドは必要ですか?』
以前は無かったので、借りることにした。
見学順路は2階からである。2階に上がっても、誰もいない。

2階は日本の水道の歴史的な品物が展示してある。展示品の番号をイヤフォンガイドに入れる。昔の水道は木樋(きどい)という木製の水道管が使われていた。
展示品は千代田区で、現在の東京国際フォーラム近くから出土したものだそうだ。


 江戸時代に使われていた「木樋」



「馬水槽」があった。これは以前に新宿駅前に探しに行ったことがあるものと同じだ。
これは19世紀にロンドン市内で馬、犬猫、人間に飲料水を供給した石造品で、イギリスから贈られた。動物愛護の精神に基づく水飲み施設で、交通運搬と都市水道発展の歴史を物語る記念物である。

赤花崗岩で作られた水槽で、前面上部が馬用、下部が犬猫用、裏側に見に行った人間用の水飲み場になっている。世界でも数少なく、貴重な文化財である。


「馬水槽」



昔の庶民の生活を表してある、小さな人形も展示してあった。
町内には1ヵ所の井戸があり、そこに住民が水を汲みに来る。
そしてここは社交場となっていたのである。飲み水だけでなく、洗濯も行っていた。

どこの家庭にも風呂は無いので、金持ちも貧乏人も銭湯に行く。
「裸の付き合い」はここから始まった。


近所の人達が、水汲みにやって来た。



順路に従い1階に降りると、現在の水道の様子が分かる。
水道管は鋳鉄管で、大小様々なものが展示されている。
道路工事でよく見掛けるような、鋳鉄管が置いてある。


 中型の水道管


中型の水道管の隣には、巨大な水道管が展示してある。
5本の大小の水道管を輪切りにして、分かりやすく見られるようになっている。
あまりに大きいので、私は思わず前に立って記念撮影をした。

でも2階の現代の水道より、江戸時代の水道の方が知らないだけに面白い。
誰も来ない展示室でイヤフォンガイドに案内されて、ゆっくりとした時間を過ごしたのである。


 大から小までの鋳鉄管が、分かりやすく展示されている。



2階の一番奥には、大正から昭和初期頃の庶民の暮らしが分かるように、狭いながら長屋風の住居がある。竹の垣根を入ると井戸端があり、右手に稲荷神社がある。
路地を進むと、庶民の住む家の中が見えるようになっている。

1軒目は職業は分からないが、庶民の家。反対側は「傘屋」のようだ。
狭いながらも動画で1周して撮影した。お勧めの施設である。



(おまけの話)
東京都水道歴史館を見た後に、御茶ノ水駅の近くでランチをしてからJR中央線に乗って東京駅に出た。その時に急に思い出した。前日の朝にベッドの中でラジオで聞いた話で、大手町の読売本社の3階で、没後10年記念の「高倉健に、なる」という展示があるということだった。

そこで小雨の中を歩いて行った。読売本社のビルに入ると、大量の胡蝶蘭の鉢が並んでいた。さすがに高倉健は10年経っても、すごい人気だと思った。
ところが近づいて行き、名札を見て私の勘違いだと分かった。
なんとそれは読売ジャイアンツの優勝祝いの胡蝶蘭だったのである。


大量の胡蝶蘭の鉢(50鉢以上もあった)



私は野球は趣味でないので、エレベーターで3階に上がった。
そこには大きなパネルで、「高倉健に、なる」と書いてあった。
説明文には「映画俳優として文化勲章を初めて授与された高倉健。本展は2014年11月10日に83歳で逝去した最後の映画スターのキャリアとその時代を振り返りながら、映画俳優にこだわった高倉健としての生き方、美学を紹介します』とあった。

私は高倉健のファンであったが任侠物はあまり好みでなく、後半の「幸せの黄色いハンカチ」、「鉄道員」、「八甲田山」などが良かったと思う。寡黙で男らしい高倉健が好きだった。


 「高倉健に、なる」



私は伊達市に滞在中にHさんに誘われて、興味本位で財政破綻した夕張市に行ったことがある。その時に夕張市にあった映画「幸せの黄色いハンカチ」の記念の家を見に行った。

映画のあらすじは『主人公の勇作は6年間の刑期を終える直前に光枝に手紙を書いた。「この手紙が着くころに俺は夕張に行くが、もしもお前が今でも独りで暮らしているなら、庭先の鯉のぼりの竿の先に黄色いハンカチをつけておいてくれ。そのハンカチを見たら俺は家に帰る。でもハンカチが無かったら、俺はそのまま夕張を去って行く」』というものである。

この泣ける話を寡黙な高倉健は見事に演じた。
そんな光景を思い出しながら、「高倉健に、なる」の展示を見たのである。


読売ジャイアンツ優勝で贈呈された酒樽

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コメント

    Shinji

    Shinji

    大正から昭和初期頃の庶民の暮らし、の展示を見ると、映画、寅さんに出てくるおいちゃんの団子屋と、裏の印刷工場の関係がよくわかります。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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