ある日、突然のように「クラブ」に付いて考えることになった。
マンションの友人達と作っていて、コロナ下で中止になっていた「カラオケ・クラブ」が再開することになったからである。

今までに多くのクラブに参加していたが、引退と共にほとんど縁が切れた。
残っているクラブは全く無く、引退後に作ったり参加したクラブばかりである。


 羽田空港から飛び立った飛行機



マンションの友人達は元サラリーマンだった人ばかりなので、会話の中に「OB会」という言葉が出るが、これは現役時代の会社のOB会のようでクラブである。
それも1つではなく、定年後とか定年間近に子会社や関連会社に行った人は、そこにも「OB会」があり忙しい。私にはOB会が無いので、その話を聞くのも興味深い。


 積乱雲に突っ込んで行く飛行機



「クラブ(club)とはなにか?」を調べてみた。
それは『結社の一形態で広義には、なんらかの共通の目的・関心を満たすために、一定の約束のもとに、基本的には平等の資格で、自発的に加入した成員によって運営される、生計を目的としないパートタイムの機能集団のことである』

『クラブ(CLUB)という言葉はクリーブ「cleave(執着する、団結する)」という英語に由来する。日本では「倶楽部」の字をあてた』とあった。


飛行機は西方向へ飛び去って行く



そもそも集団で属していても、会社はクラブのようでクラブではない。
クラブの条件にある「一定の約束」、「自発的に加入」は合格だが、「平等の資格」、「生計を目的としない」が不合格である。

しかしサラリーマンが定年後に加入する「OB会」は「平等の資格」、「生計を目的としない」も合格だからクラブである。でも友人に聞くと、「いつまでも昔の肩書に拘る人」もいるようで、そういう人は段々と来なくなるそうだ。


  積乱雲の中の飛行機



さて私の現役の時に加入していたクラブを思い出してみた。
いくつもあったのは、取引先の会社の「協力会」である。
これは自由参加ではあるが、参加しないと取引に支障が出るかもしれない。

「法人会」という税務署の組織した、「正しく税金を納める会」というのもあった。
警察の組織した「交通安全協会」というのもあり、色々な機会に寄付金を頼まれた。


 間もなく積乱雲の中へ



全く個人の資格で参加していたクラブには「ロータリークラブ」があったが、引退と同時に退会した。「ゴルフクラブ」も長年お世話になったが、ここへ越して来てゴルフを止めたので、会員権を売却した。でもその時はバブル期の最高値の10分の1になっていた。

22歳の時にNY世界博覧会で一緒に働いた仲間の同窓会もあったが、50周年で打ち切りとなった。生命保険も捉えようによっては「クラブ」だと思う。
相互扶助であるから、長生きすれば損だが、早死にすれば得となる。


 昔は積乱雲を「入道雲」と言っていたような?



卒業した学校の同窓会というものもあるが、私は参加したことはない。
同じ学年や同じクラスだった者とは親しく話が出来るが、年代が違い、学校が同じというだけでは親しく出来ない。

現役の時には『私はXX学校卒で、後輩です』と言って、会社に物を売り込みに来る者がいたが、私は「後輩」ということを理由に売り込むことには反対だったので買わなかった。


   真っ青な空を飛ぶ飛行機



(おまけの話)
引退後に参加しているクラブはいくつかあるが、ほとんど私が作ったクラブである。
最初に作ったクラブが中学・高校時代の友人達を集めた、「秘湯研究会」である。
特に東北方面の秘湯を訪ねて、お湯に浸かるだけである。

まだ今ほど温泉ブームが来ていなかったので、どこも空いていた。
しかしこのクラブもなんとなく消滅してしまって、秘湯に詳しかったEさんはコロナで亡くなってしまった。


飛行機はフジテレビ本社の上から西方向へ



次に作ったクラブが、同じく中高時代の仲間の「デジカメクラブ」だった。
幸いにメンバーにプロカメラマン、カメラメーカー元役員、カメラ雑誌社社長がいたので、とても盛り上がった。しかしこのクラブも休止状態になっている。

その代りに新しく「都心を歩く会」を作った。これはかなり活発に活動をしたが、メンバーの高齢化で、いまは情けないが「都心を歩かない会」になっている。


撮影場所により空の青色が変わる



今のマンションに越して来てすぐに、私はデジカメ・クラブを作った。
このクラブも最初の頃は活発に撮影旅行など行っていたが、やはり高齢化で活動に元気がない。それでも毎月1回の月例会は、切れずに行っている。
私の作るクラブは「規則無し」、「会費無し」、飲食・交通費などは「自己負担」だから続いているのかもしれない。

いまの私に一番重要な位置を占めているのは、「築地本願寺倶楽部」ではないかと思う。この倶楽部は今はあまり感じていないが、私の最後の時に役に立つと思う。


大空を舞う「トンビ」


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

コメント

  1. Shinji
    Shinji
    返信

    積乱雲(入道雲)のスケールの大きさが、飛行機との比較で鮮やかに表現されています。
    クラブはやはり、金銭目的や、経営に利用しようとかのしたごころの全くない、純粋な楽しみの会でないと、意味がないですね。

  2. 終活クラブ(Y)
    終活クラブ(Y)
    返信

    80歳の大台?を過ぎて、加入していたクラブを整理した。脚の引っ張り合い!背伸びしている人間の集まり!損得に振り回される!こんなクラブはまっぴらだ!
    楽しくなければクラブでない。残ったクラブを大事にしよう!

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