心の伊達市民 第一号


昨夜の私は相当に疲れていて、いつもより早く寝た。
そうしたら午前1時30分に目が覚めてしまった。
それから朝までは長い。ラジオを聞いていたが、若者向けで全く面白くない。
ラジオを消して、我慢して6時までベッドの中にいた。


ベトナムのコーヒー豆(ニエンさんからお土産)



6時に起き出して、昨夜、ニエンさんからお土産にもらったコーヒー豆の写真を撮る。
なにしろ相当の量があるので、消費に6ヶ月くらいは掛かりそうだ。
ニエンさんは同じ学校の先生のアインさんから、私へのお土産を預かって来ていた。
ベトナムの「蓮の実」から作ったお菓子のようだが、アジアのお菓子は日本人の口に合わない。


ベトナムのお菓子(観光客用らしく、日本語が見える)



私は6時に起き出して前日の写真を整理して、それをDVDに保存して2人にそれぞれ渡す準備をした。
2日目は午前8時にマンション一階のスーパー「マルエツ」前で、2人と待ち合わせた。
そして3人で勝どき駅前の牛丼チェーン店の「なか卯」に、朝食を食べに行った。

2人も昨夜は疲れていて、ぐっすり眠れたようだった。
駅前の「なか卯」に入り、2人は自動券売機で朝食を選ぶ。
ニエンさんは「うどん」、デュックさんは「和食セット」の券を買った。


朝食の自動発券機(なか卯で)



私は既に家で済ませていて2人と一緒に食べないので、なんとなく店内のポスターに目が行った。そのポスターを見ると、最近のアルバイトの日当は予想以上に高くなっている。昼間の時間帯で1時間1250円、午後10時以降は1563円だった。

ニエンさんが言った。『高いけど、日本語が話せないと駄目でしょう?』
私『この店ではお客と話すことはないから大丈夫。留学生のアルバイトにいいかもね』


 「うどん」を食べながら、熱心にメニューを見るニエンさん



食事を終えて、家に戻ることにした。
ニエンさんの知り合いの日本人女性(Tさん)が、午前9時にマンション前に来ることになっていた。Tさんは以前にホーチミン市のKAIZEN日本語学校で教師をしていたので、ニエンさんと仲が良いそうだ。

ニエンさんの話ではTさんは、以前に私がKAIZEN学校に3ヵ月間いた時に在籍していたので私を知っているそうだ。でも私は全く覚えが無い。私は日本人教師とは付き合っていなかったからだ。


アルバイト募集のポスター



午前9時に現れたTさんは、やはり私は全く見覚えが無かった。
マンション3階ロビーに案内して、少し話をした後に私は家に戻り、3人は出掛けて行くはずだ。そして午後2時頃に私が銀座まで出掛けて行って、ニエンさんの買い物のお手伝いをすることにした。もう2度と日本へ来る機会も無いと思うので、観光や買い物で楽しんでもらいたいと思っていた。


ニエンさんの日本人の友人Kさんは高崎からやって来た。



昼過ぎになったら台風14号の影響か、急に雨が降ると同時に視界がとても悪くなった。
心配していたところにニエンさんからメールが来た。
『橋本さん、私達は100円ショップに行きますので、大雨で銀座に行けません。友達と話します。大雨で外出しないで下さい』とあった。

彼女は「三越で香水を買いたい」と言っていたので、私が一緒に行って株主優待で安く買えるようにしてあげたかったのが駄目になった。明日はもっと台風の影響が強いと思われるので、もう1日のお休みをどう過ごせば良いのか考え中である。
そんなことより台風のせいで、今回のブログが「こんなつまらない」ものになるとは!


ガスが出て、遠くが見えなくなって来た。



(おまけの話)
ニエンさんのお休みの最終日である。
朝8時30分に2人は帰り支度をして、我が家にやって来た。

私  『昨日はどうしていたの?』
ニエン『台風が酷くなって来たので、出掛けずにマンションの中にいた。お昼は1階のスーパーで買って来てTさんと一緒に食べた』。『Tさんが帰ったので、夕食もスーパーで買って食べた。明太子おにぎりが美味しくて好きになった』。
メールの文章は日本人同士でも分からないことが多いので、ベトナム人とではもっと分からない。


仲見世通りの「帽子屋」で麦わら帽子を買った。



台風が去ったような青空なので、浅草観光に行くことにした。
浅草駅を出て雷門に行くと、そこは台風が来るというのに大勢の観光客で溢れていた。
仲見世通りでニエンさんは「麦わら帽子」を買った。
更に進み浅草寺の手前で「おみくじ」を引いたら、「小吉」だった。
「おみくじ」に書いてあることが難しくて分からないので、私が分かり易く説明する。


浅草寺の授与所で「お守り」を3種類買うニエンさん



「小吉」が気に入らなかったらしく、向かい側の授与所で「お守り」を3つも買った。
「交通安全」、「健康祈願」、「家内安全」の3種類で、合計3000円だった。
その後の「ひさご通り」にある「江戸たいとう伝統工芸館」に入って、江戸の伝統工芸品を見た。

そろそろ昼飯と思ったら、急に豪雨となった。
しばらくアーケードの下で雨宿りとなったが、ニエンさんは『台風が来る前に研修所に帰りたい』と言うので、小雨になった時を見計らって駅まで急ぎ、ランチもせずに銀座線の改札口で別れたのであった。
忙しない観光だったので、楽しんでくれたかどうか心配だった。


六区で「顔ハメ」をする2人。


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伊達季節移住のススメ 心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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