日経の朝刊の「東京版」に、羽田空港に「ソラムナード」が完成した。
正式名は「ソラムナード羽田緑地」というそうだ。
しかし「空」と「プロムナード」を合わせたという、変な造語は私は気に入らないのだがどうしようもない。

その先端の展望台に行くと、「羽田空港に着陸する飛行機が一番近く見える場所」と紹介していた。今まではターミナルの屋上でしか、撮影をしたことが無かった。


  東京湾から空港へ降下して来る飛行機



12年前に多摩川の源流の近くの「御岳」から、この近くまで同級生達と歩いて来たことがある。その時に最終目的地の「多摩川ゼロ地点」が分からずに、ガッカリした覚えがあるので、良い機会なので、もう一度探してみようと思ったのである。

「ソラムナード」の中間より先は、以前は空港の敷地で中へ入れなかった。
だからもしかしたら、「ゼロ地点」は、空港内だった可能性もある。


 D滑走路の上から進入して来るANA機



ここには来たことがあるので、今回は地図をプリントして持参しなかった。
京急電鉄の「天空橋」からでも、その次の「第3ターミナル」からでも徒歩10分くらいのようなので、天空橋駅で降りた。天空橋駅は地下なので、外へ出たら方向が分からない。

歩いている人もいないので、聞くことも出来ない。
左のような予感がしたが、そちらは建物が多いので違うような気がして右に行った。
するとT字路で空港の端に出たようで、右か左か迷った。


「ANA」



川があり、釣り船が係留されていた。流れを見れば、多摩川に注いでいるから方角が分かる。ところが干潮の時間なのか、水が流れていない。
勘を働かせて、川沿いを左に進む。1キロ半ほど歩いたら、どこかの工場の入口になり先に行けなくなった。

丁度出て来た男性がいたので聞いたら、私が駅を出て最初に「左」と思った場所まで戻らなければダメだった。全く私は勘もダメだし、体力もダメになった。でも気力だけは残っている。


「JAL」



暑い中をヨロヨロと戻り、言われた通りに進んだら、2キロくらいで「ソラムナード羽田緑地」の入口に着いた。名前に「緑地」とあるが、日影も無く緑地は無い。
「多摩川ゼロ地点」を探しながら、飛行機の撮影場所に向かう。

たまに人に会う程度で、ほとんど人は歩いていない。
3キロくらい歩いて、「ソラムナード」の先端に着いた。
そこには小高い場所に、屋根付きの展望台があった。


 ピカチュウ塗装機体「SKYマーク」



羽田空港には4ヶ所の滑走路があるが、この場所は「A滑走路」の間近である。
着陸態勢の飛行機が次々とやって来るが、私は疲れてしまったので、屋根の下で休憩とする。そして持参したお弁当を食べて、英気を養う。
ここには4人のカメラマンが来ていて、熱心に写真を撮っていた。

やっと少し元気が戻ったので、屋根から出て撮影開始とした。
少し休んだので、海から吹く風が「気持ち良い」と感じる余裕が出て来た。


 着地寸前のANA機



飛行機は次々と5分以内に飛来し、まるでJR中央線のようだ。
東京湾の方向に気を付けて見ていると、小さな機影が現れる。
それがドンドン大きくなり、D滑走路の上を通過して、目の前の格納庫の前で地面スレスレに降りて来る。下手な操縦士だと、着地の際にタイヤから煙が上がる。

1時間も撮影していたら、100枚以上の写真になったので、私は打ち止めにした。
他の3人は私より先に来ていたのに、まだ撮影している。
もしかしたら自分の希望する機種が来るのを、待っているのかもしれない。


ゲートへ向かうSKYマーク機



(おまけの話)
昔話である。しかし私にとっては、今回は胸のつかえが降りた瞬間であった。
それは友人達と「多摩川を歩く」というイベントを行い、2012年4月から12月までの間に、8回に分けて多摩川の源流近くの御岳から羽田まで歩いた話である。
その時は最終地点の「多摩川ゼロ地点」を発見出来ず、「この辺りだろう」で終った。

しかし私はいつまでも、このことが気になっていたのである。
今回の「ソラムナード」に行く前に、ネットで調べたら「多摩川ゼロ地点」の情報があった。だから今回は確実に発見できると思ったのである。


「ソラムナード」を歩く。



京急電鉄を「天空橋駅」で降りて、「ソラムナード」へ向かう。
カンカン照りなのに、全く日影は無い。
注意深く「ゼロ地点マーク」を探しながら歩くが、いつまで行っても見付からない。
右側の多摩川は干潮の時間なのか、干潟が出来ている。

覗いてみたら、小さなカニがたくさんいた。
どこから降りたのか、干潟で釣りをしている人もいる。
コサギが2匹、遊んでいた。  


干潟には沢山のカニが見えた。



ここまで来る間に見落としたに違いないと思った。
でも戻る元気は無い。悔しいが諦めた。
すると少し先に、なにか地面に貼ってあるのが見えた。
そこまで行くと、なんと「多摩川0キロメートル」の案内板だった。

案内板に従い右側を見たら、小さな丸い金属が埋め込んであった。
相当に長く埋められているらしく、文字もハッキリしない。
やっと12年前のリベンジが出来て、胸のつかえが降りたのである。 


「多摩川ゼロ地点」案内プレート


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

コメント

  1. Shinji
    Shinji
    返信

    飛行機を近くで見ると、騒音が凄いでしょう?
    でも、よく歩きました、丸。

  2. 過去を懐かしむ(Y)
    過去を懐かしむ(Y)
    返信

    十数年前に多摩川の源流近い奥多摩町から羽田沖の河口近くまで歩き通した仲間たちが元気に再会した。今では「都心を歩かない会」となったが月一回の都心徘徊が継続している。
    仲間の全員が「多摩川0m地点」標識については未だに未練があった。
    musyanaviH君の功績は大きい。声を揃えてその快挙を称えた。
    先に逝ってしまったH君にも良い報告が出来た。

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