
心の伊達市民 第一号
ラーメンと花菖蒲
またテレビ番組の影響を受けて、出掛けてしまった。
BS放送を何気なく見ていたら、「町の中華屋」の紹介があった。
あまり有名でない芸能人が、町で頑張る中華屋を訪ねるのである。
その時は文京区の春日の中華屋で、老夫婦が長年続けて来た小さな店だった。
彼が食べた「餅ラーメン」が美味しそうだった。
春日は地下鉄「大江戸線」と「三田線」が乗り入れていて、地下道で文京区役所にも行ける。私は1年に1度は行く。
その理由は文京区観光協会から写真展の案内が来るので、撮影した写真を区役所の一角にある観光協会に届けるためである。しかし今までに1回も入選したことは無い。
さて中華屋であるが、「春日駅のA6出口から、徒歩3分」とあった。
地図もプリントして持参した。
大江戸線の改札を出ると「出口6」の案内があったので、そちらに進み地上に出た。
しかし持参した地図とは見た目が違う。「変だなー」と思いつつ歩いて行くが、全く自分がどこにいるのかも分からなくなった。スマホのGoogleMapで調べたが、画面が小さくて分からない。
そこで地番を頼りに見当を付けて歩いて行くと、地下鉄の入口に「A6」と書いてあった。また私の勘違いで「6」ではなく「A6」だった。でも「A6」は三田線の改札を出ないと表示が無いと、後で分かった。
やっと辿り着いた中華屋「ゑちごや」は、横丁を入った小さな店で古びている。
入口右に和菓子のショーウィンドーがあった。
「エー、和菓子屋なの?」と思ったが、ドアを開けて入ったら、ラーメンを食べる男がいた。
私は一番奥の席に座り、注文を取りに来たオヤジに「餅ラーメン」と言った。
オヤジは少し腰が曲がっていて、90歳くらいではないかと思う。
カウンターの隙間から奥さんが見えたが、同じく高齢者だった。
しばらくして出て来た「餅ラーメン」は、スープの色が濃いのでビックリした。
お決まりのチャーシューとシナチクの隣に、懐かしいナルトが見えた。そして大きめの餅も入っていた。
早速、食べてみたらスープは少し濃いめだが、思ったほどではなかった。
餅は焼いたばかりで、これは美味しかった。
どうやらこの店は、和菓子屋が中華食堂を始めた感じがする。
そこで食後にショーウィンドーを覗いてから、「おはぎ」を注文した。
最近は美味しい和菓子屋が増えたので、昔ながらの「おはぎ」と「餅ラーメン」には昭和の郷愁さえ感じたのである。店主夫妻は高齢なので、いつまで続けられるか分からないが、頑張って欲しいと思った店だった。
(おまけの話)
春日駅に戻り時間が早いので、少し歩いて「小石川後楽園」に行ってみた。
まだ小雨が降っていたので、入園者はチラホラ程度しかいなかった。
入口には大きな看板に「花菖蒲を楽しむ」というイベントをやっていたようだが、もう期日が終っていた。中に入ると、目の前に緑色の世界がいっぱいに広がる。
正面は琵琶湖を模して作られた「大泉水」という池である。
池の左側を進み、飛び石を気を付けて渡る。左側には小さな滝が見える。
突き当りを左に行くと、そこには花菖蒲の群生が見えた。
花の近くに行けるように、木道も設けられている。3人ほどの人達が熱心に写真を撮っていた。
イベントは終っているが、いまが見頃のように感じた。
小雨に濡れた花菖蒲は、とても美しかった。
花菖蒲を見た後に、睡蓮を見に行った。この園の一番奥に水連が咲く池がある。
大泉水池を見ながら進むと、左手に石で積まれた階段がある。
それを上ると、目の前に水連が咲く池が広がる。ここも素晴らしい光景である。
池には小島があり、そこに渡るアーチ状の石橋があるが、そこは立入禁止である。
水連の花は真っ盛りだった。誰もいない。
睡蓮と睡蓮の間の水面に、雨が落ちて波紋となる。これも飽きずに眺めていた。
池の反対側に廻ると、今まで私がいた場所に和風の小屋が建っているのが見える。
現役の時は「花を眺めに行く」などということは「したことが無かった」が、「した」のである。睡蓮の池の先には、別の入口「東門」があり、そこから出て家に戻った。
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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06/01(水) 『鍛冶屋』に憧れ続ける『かじや』 (有)藤鉄工 代表取締役 加藤耕平氏
「子どもの頃から親父に仕事を手伝わされていました。でも、この仕事が嫌だったので継ごうとは思っていませんでした。」 加藤耕平さん58歳。 来年で創業50年になる(有)藤鉄工の二代目 代表取締役です。 お父様から事業を引き継いだのは2005年のこと。 高校卒業後、専門学校の建築科に進学した耕平さんは、卒業後、某建築会社に就職をし、大工からの修行を始めました。 けれども1年で退社。 家業を継ぐ決心をして伊達に戻ってきました。 お父様との子弟関係の始まりです。 ↑作業場には、様々な形の鉄製品や工具が並びます お父様が事業を興したのが1973年。 そのお父様の下で働き、50年目を迎える佐藤さん。 この日も黙々と仕事をされていました。 ↑御歳70歳の佐藤さん。ちょうど溶接の仕事をされているところでした。 50年間同じ会社で勤め上げる姿に胸が熱くなります。 「創業当時は、バルコニー・煙突のエント梯子・住宅関連の仕事の受注が多かったです。けれども時代の流れでアルミやステンレスが主流となり、仕事の依頼に変化がありました。ちょうどその頃、伊達市内の拡幅工事が始まり、店舗などの重量鉄骨鋼造物の仕事が多くなったのです。ところがそれも終わった15〜20年前になると受注がめっきり少なくなりました。製缶といって、建物以外の工事の依頼が来るようになりました。例えば週末処理場の汚水菅や製鉄所の設備工事の仕事です。さらに大打撃だったのは、東日本大震災をきっかけに原子力発電所の仕事が無くなったことでした。」 どんどん減っていく仕事…。 2012年に大きな転機が訪れます。 その年の年末にお母様が亡くなり、その翌年から仕事もすっかり無くなってしまいました。 「この時、家族とも相談し、佐藤さんにも相談し、廃業をする決心をしました。」と耕平さん。 意を決し、信頼を寄せている会社様のところへ行き、「廃業をするので佐藤さんと自分を使ってください。と頭を下げに行きました。」 結果として、廃業は思い留まることになりますが、そこから厳しい修行が始まりました。 加藤さん48歳、佐藤さん60歳の時です。 「相談先の社長の提案で、私は、その会社様の仕事を受注するために2年間修行に通うことになりました。修行をさせていただきながら仕事も作っていただき、佐藤さんには弊社工場で作業をしていただいていました。お陰様で新たな技術を習得することが出来、それまで受注をしたことがなかった漁業機具や船の仕事を請け負うことができるようになったのです。」 新たな技術習得のためとは言え、力仕事をするための片道50km以上の毎日の通勤は、さぞかし体にも堪えたことと思います。 「修行はなかなか大変なものでした。それまでは常に水平と垂直を確実に測りながら行う仕事だったからです。ですから、湾曲が多い船の仕事はとても戸惑いました。また、「鉄」一筋で来たため、ステンレスでできた漁業機具を扱う仕事にも戸惑いました。何もかも初めてのことばかりの修行でしたが、あの時お世話になったお陰で今があるので本当に感謝しています。」 それでも、時代の流れは安定をさせてくれません。 再び、ここ2〜3年の厳しい状況を経て、いままた少し仕事が戻ってきたそうです。 浮き沈みの激しさの辛さについては、筆者とは業種は違いますがとても理解できます。 「ところで、社名の由来を教えてください。どうして「加藤鉄工」ではなく「藤鉄工」なのですか?」 ↑作業場の2Fは事務所です 「親父が付けた社名なのですが、“加藤”と“佐藤” の共通文字 “藤” を採ったのだそうです。」 なるほど! お父様が佐藤さんを大切に想っていらっしゃった気持ちがよく分かります。 その先代の想いも引き継いだ耕平さん。 だからこそ、佐藤さんは50年も勤めておられるのですね。 さて。 空前のキャンプブームの昨今ですが。 実は、耕平さんは40年来の筋金入りキャンプ好きです。 しかも長年のコールマン製品コレクターでもあります。 そんなバックボーンを持つ耕平さんが、今ライフワークにしていること。 それは『kokoperi iron』というアウトドアガレージブランドの運営です。 ↓ショップはこちら。 https://kokoiron.thebase.in/ こちらの焚き火台ほかの鉄製品は、全て耕平さんの作品です。 鉄を使い、一つ一つに時間をかけ、丁寧に叩いて叩いて作られた本物が並びます。 鋳造ではありません。 「鍛冶屋」の仕事です。 もう本当に素敵です。 もちろん、オール鉄なので重量感もあります。 「重いですが、自分が使いたいものを作りました。」 ↑ココペリとはこの笛のようなものを吹いている妖精のこと ↑焚き火台「青海波」を筆者も経験させていただきました。模様越しの火がとても美しい。 ↑2022年4月 キャンプの様子。本物の道具に囲まれた耕平さんはとってもカッコいいです♡ ↑こちらのアウトドアフェスにも出店参加されます 「ところで、何故、そこまで鉄にこだわるのですか? 大好きなコールマンも鉄ではないのに…。」 「焼き入れをする鍛冶屋への憧れです。これら商品は確かに叩いて作っています。でも、絶滅危惧種的に刃物などを作っている人もいらっしゃる中で 漢字の “鍛冶屋” は名乗れないです。だから僕の場合は、“鍛冶屋” に憧れる ”かじや” です。」 「なるほど…そういうことでしたか。でもそういう謙虚なところが耕平さんの魅力だと思います。」 「それでも憧れを追っています。漢字の “鍛冶屋” に少しでも近づきたくて。自分なりに価値感を見出しながら、必要とされる存在になりたいと思っています。」 ↑服などを掛けたらとっても素敵なシングルハンガーもあります。丸いのはガラスの浮き玉。 ↑火を灯したら素敵なランタンです ↑こちらは新製品。叩いて叩いて造られた厚さ4.5mmの鍛造プレートは、キャンプはもちろんIHにも対応しています。ステーキやハンバーグを焼いたら美味しそう!ハンドルも別売であります。 『鍛冶屋』に憧れ続ける『かじや』。 どこまでも謙虚で熱い加藤耕平さん。 その仕事への想いと姿勢に心打たれた筆者です。 ー(有)藤鉄工 情報―http://www.date-f.net住 所 北海道伊達市舟岡町205-15電 話 0142-23-5769FAX 0142-23-6352E.mail fuji-i-w@cream.plala.or.jp↓Instagraminstagram.com/kokopelli_iron/?hl=ja
Rietty
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01/16(木) 伊達に子ども食堂オープン! いちごはうすの会
「伊達に子ども食堂を作りたい!」と昨年5月よりプレオープンやイベントを開催してきた「いちごはうすの会」が伊達市旭町にグランドオープンしました。今後は月一回、毎月第3木曜日に開催予定です。 オープンを迎えた1月16日(木)、住宅街の一角に建つお家「いちごはうす」のドアを開けると、ご飯のいい匂い・・・。「ただいま〜」と言いたくなるような、あたたかい雰囲気が漂っていました。 ちょうどピークを過ぎ、キッチンも少し落ち着いてきたところ。ボランティアの皆さんが、和気あいあいと配膳や台所仕事をしていました。 今回のメニューは、ホタテご飯、お雑煮、肉じゃが、ハンサム食堂のぶう玉など。ツヤツヤしたご飯、見るからにおいしそうですね!食材のほとんどが地域の方からの寄付でまかなわれています。また献立は、栄養士の資格を持つ工藤代表がバランスばっちりに組んでいます。愛情こもった手作り料理、おいしい〜!! お腹も心もいっぱいになりました。 昨年、縁あってこちらの民家を借りられることとなり、お掃除や改装をしてこの日を迎えたそうです。メンバーの方に伺うと「これまではプレオープンという形で、市内の公共施設やお店等、毎回違う場所で開催してきましたが、今後は場所を固定して活動できるので、とっても嬉しいです」と笑顔を見せていました。 畳のキッズルーム。食事の後にお子さんを遊ばせることができます。 代表の工藤さんも「沢山の方の協力のおかげです。こんなに早く実現するとは・・感無量です!」と話していました。 どことなく懐かしい「茶の間」のような空間 「いちごはうす」は、人と人とのつながりを大切に、食べるだけでなく、のんびりとくつろげる「お家」のような子ども食堂です。経済状況に関係なく、どんなご家庭の方も利用できます。子育てに行き詰まったり、しんどさを感じている方、ママ友付き合いが苦手な方にもおすすめです。気軽に出かけてみてください。 子ども食堂「いちごはうす」毎月第3木曜日 開催次回は2020年2月20日(木)16時〜場所 北海道伊達市旭町47(駐車場に制限があるため、車でお越しの際は事前に問い合わせてください)料金 子ども無料、大人500円最新情報→ いちごはうすの会(facebook)問合せ 080-4041-9703(工藤さん) いちごはうすの会では、寄付やボランティア等、引き続き募集しています。活動に参加してみたいという方は、会の方へお問い合わせください!今、特に募集しているのが、子どもと接すること(遊んだり、相手をするなど)が得意な人だそうです。 記事の内容は取材時の情報に基づいています。(取材2020年) これまでのレポートはこちら! https://so-ra-mi.jp/archives/18940 https://so-ra-mi.jp/archives/19660
むしゃなび編集部
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多摩のY(頼まれ記者)