他人との距離感に違和感が

いつの頃からだろうか。

クライアントや周りで接する人たちが
なんかとても遠慮がちな、というか
どことなくよそよそしいというか、
こちらから近づこうとしても
僕と距離を持って接してくるというか、
そんな感覚を持つことが多くなった。

そんな人々の自分に対する接し方の変化は、
考えてみると結構以前から少しずつ起きて
いたような気がする。

なんでだろうか。

なんか自分だけ浮いているようなこの感じ。

しかしその答えが最近やっとわかったのだ。

歳をとるということ

それは自分が十分に歳をとってきた
からに他ならなかった。
若い人たちはそれだけで距離をとって
接してくるのである。

60歳を過ぎた自分を周りが見たら
自分はどんなふうに見えているのか?

普段あまりよく見ない自分の顔を
朝起きて顔を洗ったときに改めてよくみると
鏡の中には昔の「イケメン」はいない。
「こりゃただのジジィだなー」と思うわけだから、
若い人から見ると「初老のオッサン」にしか
見えないのは当然だ。

60歳と言えば世間でも引退の歳。
会社では退社する歳である。
そんな歳になってしまった自分を
改めて認識したときに
周りに人たちも自分より年下が
随分と多くなってきたことに気づく。

プロ野球の選手でも昔は
長島や王とかから始まって
江川くらいまでは自分よりも年上であったが、
槙原や篠塚とかになると自分と同年代となり
いつのまにか桑田とか清原とかの世代あたりから
自分よりも年下となり、
今では大谷とか、
自分の子どもたちと同じくらいの選手たちが
活躍しているわけだ。

参ったな・・・

毎日毎日生きて
目が覚めると毎回1日歳をとる。
普通に生きていると自分の周りはいつも
変わらずの景色の中にいてその変化に気づかず、
ある時に改めて外を見て
何年も経ってしまったことに気づいて
愕然とするのだ。

歳をとるということは内面ではなく
外面で起きている変化なのであり、
つまり自分自身の中身は何も変わっていないのに
見かけばかり変わっているから
そのギャップの感覚を持つのではないか。

自分よりもずっと先輩たちに言わせれば
「あんたまだ若いのに、何言ってんだ」と
しかられそうだが、
誰もが60代、70代と体験するのは
誰にとっても初体験だから
それはそれなりに大変なのである。

とにかく我々のような初老はもう
若い人と接するときにどんなに距離を
縮めようとしても無駄なわけだ。

昨日、オンラインで2人のコンサルタントと
打ち合わせをした。20代の男性と30代くらいの女性だった。
会議終了後に、先方から提供されたデータ資料が
送られてきたが、その資料の備考欄には
担当者のメモ書きもついていた。
多分社内でミーティング内容を
共有するためのメモ書きだったのだろう。
そこには僕のことが
「非常に感じのいいおじさん」とメモされていた。

「やっぱり『おじさん』ときたかー。」と思ったが、
「オッサン」と表現されてなくて少しホッとした。



犬と暮らしとカヤックと kayaker

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豊浦町でワンコたちと暮らし、たまに海で遊ぶ日常をつづります。

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