心の伊達市民 第一号

ブログ閉鎖中の話題(2017年1月4日)


昨年の暮れまでに私のところに「喪中につき新年のご挨拶を失礼させて頂きます」というハガキが4通届いている。4枚とも「母が永眠いたしました」とあったが、その年齢に驚く。
なんと93歳、95歳、96歳、そして最高齢が97歳だった。
そんな次第なので、今年の「勝どき通信」1号では年賀の祝いの言葉は無しとした。



皇居前広場は早朝から参賀の人で溢れていた。


12月23日に天皇陛下が83歳の誕生日をお迎えになった。
私はその日に皇居にお祝いに駆け付けようかと思っていたのだが、用事が出来てしまい行けなかった。
そこで1月2日の一般参賀には是非とも行こうと考えていた。



二重橋を渡る参賀の人波。バスで来た団体客も多い。



1月2日は朝から穏やかな快晴で、絶好の参賀日和だった。
午前7時47分発の都バスで東京駅に出て、そこから皇居二重橋に向かう。
皇居前に到着して驚いた。


まだ開門まで1時間半も前だというのに、既に2000人くらいの人が並んで待っている。
また警備と整理の警官がもの凄く大勢来ていた。



皇居のお濠も警察官がゴムボートで警備している。



まだまだ途切れなく、東京駅から皇居に向かう人波が続く。
昨年の天皇陛下の退位問題で皇室に興味を持った人達や天皇陛下の高齢を心配する人達、そして観光気分の外国人などが大挙して参賀に訪れている。
二重橋に向かう途中で、ボランティアの提供と思われる日の丸の国旗を手渡される。



長和殿の前の広場は15000人くらいは入れそうだ。



今年はかなりセキュリティが厳しい。荷物検査に続き、身体検査を受ける。そして番号が書かれた立札のところに並ばされる。
やっと9時30分になり二重橋の門が開き、みんなは静かに参賀の場所である長和殿ベランダに進む。
私の思った以上に、外国人観光客が多いのに驚く。
多くは白人で、中国人、韓国人らしい人は歴史問題があるのか見掛けない。



天皇・皇后両陛下が国民に手を振る。 天皇陛下がお出ましになると・・・・。



第1回目の天皇陛下・皇后陛下、並びに皇族のお出ましは10時である。
最初に天皇陛下が現れると、万雷の拍手、バンザイの声、そして日の丸の小旗が打ち振られる。
(正面のガラスのベランダに皇族が1日5回、現れる)
私は3回目だが、いつ見ても良い光景である。でも日の丸の旗が、写真撮影には邪魔である。



天皇陛下がお言葉を述べる。



続いて天皇陛下の「お言葉」があり、それが終ると天皇陛下たちは戻って行った。
皇后陛下は良き時代の日本人女性のように、控えめである。
このイベントは2時間も待ったが、たった4分で終る。

まだ行ったことの無い日本人は、一度は行ってみた方が良い。
今年の一般参賀には9万6700人が訪れたそうだ。

(私は1回目のお出ましに続き2回目も、撮影の為にその場に残った。ガラス越しの撮影なので、オートフォーカスではピントが良く合わないのが残念だ)



皇太子ご夫妻。最近は雅子様も少し体調が良くなったようだ。


(おまけの話)
昨年は天皇陛下の「生前退位」が話題になった。
私はこの「生前」という言葉に違和感を感じる。
なんだか小金持ちの「生前贈与」みたいで、品が感じられない。「譲位」でいいんじゃないか?



秋篠宮ご夫妻と眞子内親王(左)、佳子内親王(右)。     常陸宮親王ご夫妻。


雅子さまも、体調が悪い状態が続いているようだ。
その娘さんの愛子さまも登校拒否みたいな報道を見ると、他人事ではなく困る。
皇族という特殊な世界に合わない人もいるだろうと思う。
私の女房なんか、縁談話など全く無かったのに「皇族でなくて良かった」なんて言っている。



お言葉を読み上げる天皇陛下。


ヨーロッパの王室などではゴシップ話も週刊誌を賑わしているが、日本の皇族にはそんな話は聞いたことがない。皇室の問題は私のような者が軽々しく話すべきじゃないと思うが、この伝統を途切らせて欲しくない。


そんな難しい話より、警備に当っていた皇宮警察の警察犬のシェパードを見たら、以前に小金井の家で飼っていた「アニー」を思い出した。彼女はある日の昼に、ヒッソリと亡くなっていた。


【平成4年1月2日の皇居一般参賀は、平成3年に続きコロナの影響で中止となった】



皇宮警察のシェパード。格好いいなー。







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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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