心の伊達市民 第一号

ベトナムとドバイ 


ブログ閉鎖中の話題(2017年7月17日)

タイトルの「ベトナムとドバイ」には全く相関性は無い。
たまたま同じ日に起きたので、タイトルに使っただけであるから勘弁して欲しい。
「勝どき通信」も続けようと思うと、かなり強引なこじ付けも出て来る。
それを分かった上で、楽しんでくれたら私も嬉しい。


ホテルの11階の会場からは皇居が見えた。



7月11日に私が関係しているベトナム・コンサルティング(VC)という会社の創立15周年記念パーティが大手町のホテルで開催された。

私の関わっている企業グループはベトナムの若者に日本語とマナーを教育して、その後、日本各地の会社に実習生として送り込むという事業を行っている。
現在、ベトナム・コンサルティングを通じて日本企業で働いている実習生は約3000名である。


式典開始前にソン社長とS役員と記念撮影。



今回のベトナム・コンサルティングという会社は「ベトナムから送り出された実習生を日本企業に紹介して採用してもらう。そしてその後の色々な問題に対処する」というのが大きな業務となっている。

一方で送り出す側であるが、ホーチミン市にあるKAIZEN日本語学校は現在の生徒数が3000名であるが、これを更に増やす為に新校舎の建設を計画している。


ソン社長の挨拶。彼の日本語は完璧である。



ベトナムから実習生を送り出すには、日越両政府の様々な法律、審査、手続きがある。
それを行っているのがホーチミン市にあるESUHAI社で、グループ企業の総社員数は220名であるから、ベトナムでもかなりの企業である。
この分野では、ずば抜けて第一位の地位を確保している。

その企業グループのスタートとなったベトナム・コンサルティングが日本で生まれたのは15年前で、神田の外れの小さなマンションの1室で、社員は社長の他は3名だけだった。


私の祝辞。10分と言われたので、ドンズー運動とベトナムの歴史の話をした。



その後、社長の才覚と時代の流れに乗って、アレヨアレヨという間に大きな会社になった。そこに関れた私はとても嬉しく、終盤に差し掛かった自分の人生に歓びをもたらしてくれたソン社長に感謝している。

報酬はもらっていないが、自分の代りに頑張ってくれていると思えば、例えは悪いが野球なら見物客ではなく、ベンチに入っているコーチみたいな気分になれる。


社員が1人づつ、仕事の成果と目標をパワーポイントを使って話をする。



パーティはビデオで会社の歩みを流し、その後、ソン社長の挨拶に続き、私が祝辞を述べた。私がソン社長に出会ったのは彼がまだサラリーマンの時で、近所のアパートに住んでいたというだけで飛び込みで私が社長をしていた会社に営業に来た時からである。それから、もう18年にもなるが、こんなに成功するとは思わなかった。


乾杯の音頭も頼まれたので、ソン社長と乾杯。



ベトナムには100年も前に「ドンズー運動」というのが起きた。
「ドンズー」というのは「東遊」と書き、「東にある日本に学ぼう」という意味である。その志を受け継いだドンズー日本語学校で学び、日本の大学を卒業したのがソン社長だ。だから私はソン社長の行っているのは「現代のドンズー運動だ」と思っている。

ドンズー運動の話を詳しく話すと1時間以上にもなるが、私の祝辞時間は「10分だけ」と係から言われたので、はしょって話したが、日越の若い社員達は理解出来ただろうか?


社員15名と関係者で記念撮影。(誰が日本人か分かりますか?)



(おまけの話)
外国ついでにドバイの話である。
私が主宰しているマンションのデジカメクラブでは、毎月1回「この1枚」というテーマでメンバーが集まり自信作を見せ合っている。

残念ながら、他のカメラ好きの人達には見せられないようなレベルである。
でも私は「老人会を開催している」くらいの気持ちでいる。


ドバイの世界一の高さを誇る高層ビルから見下ろす町並み。(Sさん撮影)



その中でたった1人の女性会員でもあり、また40歳代という若い人がいる。
彼女は最近のことだが「ドバイに行って来た」と言って、大量の写真を持参した。
ドバイと聞くと、「私には縁が無いなー。最近はイスラムのテロもあるので、怖いなー。でもエミレーツ航空には乗ってみたいなー」くらいしか思い浮かばない。


海から見た町のビル群(Sさん撮影)



持参した写真はどれも素晴らしい。私には全く見慣れていない風景だからだと思う。
私は少し気持ちがぐらついた。
「行ってみたいなー」と思う気持ちと、「時差があるしなー。食べ物はどうかな?。テロは大丈夫かな?、暑いだろうなー」など否定的な気持ちもある。

写真に夢中になっていたら、午後からのベトナム・コンサルティングの式典の時間が迫っていた。慌てて席を立ち、暑い中を久し振りに上着を来て、大手町に向かったのである。


砂漠の風景(Sさん撮影)

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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