
心の伊達市民 第一号
皇居東御苑に行って来た。
前回はうっかりして、休園日の金曜日に行ってしまうという失敗をした。
そこで今回はシッカリと確認をして、火曜日に出掛けて行った。
東京駅から歩いて10分ほどの「大手門」に行くと、皇居東御苑に入る人、出る人で大混雑だった。ほとんどが外国人観光客だった。
今までに何回も行っている私でも、こんな光景は見たことが無い。
大手門から入ってすぐのところに、「皇居三の丸尚蔵館」があり、係員から誘われた。あまり興味は無かったが、「一般1000円、70歳以上無料」につられて入ってみた。
また私は無料になってしまったが、なぜ70歳以上は無料なのだろう?
若い人に「年齢差別だ!」と怒られそうだ。
展示のタイトルは「百花ひらく・花々をめぐる美」で、花に関係がある11世紀からの絵画・屏風・陶器、着物などが展示してあった。
私のその中で「紅白梅図屏風」が素晴らしいと感じた。
たまたまニュースで見たが、この日(3月18日)から東御苑では楽しみが1つ増えた。前回、私は気が付かないで休園日に行ってしまったのが、かえって良かった。こういうのを「塞翁が馬」と言うのだろうか?
宮内庁の広報によると『皇居東御苑の訪問者に、天皇皇后両陛下を始めとした皇室の方々のご活動や皇室に伝わる文化、皇居等に対する理解を深めていただくため、このたび、令和7年3月18日(火)から、周遊型の謎解きゲーム「皇居を巡る謎解きの旅 with QuizKnock」を開始いたします』とあった。
そして注意事項として「謎解きの問題や解答、解説などをSNSやブログ等インターネットで公開することはご遠慮下さい」とあるが、必ず公開してしまう人が出ると思う。
また外国人観光客が大半なのに、英語版が無いのは不親切だと感じた。
「謎解き」をやってみたが子供向けのようで、あまり面白くない。
私はその先に進んで行った。角を曲がったら、黄色い花が見えた。
「蝋梅に似ているが、蝋梅では遅過ぎる」と思い、近付いて木に掛かっている名札を見た。
すると「サンシュユ」と書いてあった。そしてその時、私はこの木が何かの歌に出て来ると思った。年をとるとつまらないことを憶えている。
「庭のサンシュユの木 鳴る鈴かけてよー・・・・」。
これをネットで調べたら宮崎県の「ひえつき節」であるが、サンシュユの木ではなく、宮崎県では山椒を「サンシュ」と言うのだそうだ。
緩い坂を上り角を曲がると、目の前が開ける。
左側は古品種の果樹園で、目の前の芝生広場の向こうに天守閣の跡が見える。広場の左側を進んで行くと、富士見多聞、石室などがあり、物珍しそうに観光客は見ている。
下から見ていると、ほとんどの外国人は天守閣跡の天守台の上る。
歴史の浅い国から来ている外国人は「天皇」とか「皇居」という言葉に弱いのだろう。
私の生まれる2年前の年が、日本では「紀元2600年」だったから、今年は紀元2685年になると思う。
天守台から大手門に戻る道を歩いていると、広場の片隅にピンクの花が見えた。外国人観光客のカップルが、色々なポーズで写真を撮っている。
私が近付いても照れない。この辺が日本人と違う。それにしても、ほとんど日本人は見掛けない。
東洋系の人達もいるが、やはり日本人とはどことなく違うように思う。
花の名前を確認したら、やはり私の思ったように「カンヒザクラ」だった。
「カンヒザクラ」の先には小さな建物があり、江戸城の模型を展示してある。今日だけで何人の外国人が、皇居東御苑に入苑したのだろうか?
2025年の来日外国人の予想は、4020万人だそうだ。日本の人口の3分の1が来るのである。
インバウンドで儲かる人もいるだろうが、それより4020万人が食事をするのだから米も足りなくなるはずだ!
これだけ大勢来れば良い人ばかりではなく、犯罪者も来るだろうし、文化の違う人だからマナーも問題が起きて当然だ。
(おまけの話)【丸の内シャトルバス】
皇居東御苑に行く時は、都営バスで「東京駅丸の内南口」まで行く。
その時にいつも思うことがある。「煉瓦造りの東京駅は綺麗だなー」・・・と。
そして写真を撮るのだが、静止画ではなかなかその良さを伝え切れない。
ある時、気が付いた。無料の丸の内シャトルバスは停留所が都バスと違い、東京駅の正面を走って行く。
「そうだ!シャトルバスの中から動画を撮ればいいんだ!」と気が付いて、今回の動画となった。そのために今回は都バスを「有楽町」で降りて、シャトルバスに乗り換えた。
このバスは東京・丸の内を巡回する無料バスで、「丸の内シャトル」と名付けられている。大手町・有楽町まで廻る一周約35~40分のルートを、約15分間隔で運行している。
丸の内で働く人や、そこの会社に来る人の為に走っているが、誰が乗ってもいいのである。いつも乗客は少なく、普通のおばさんなども見掛ける。
日本を代表するビジネス街を走るので、東京観光にはお勧めのバスである。
そして私はシャトルバスの中から、東京駅を撮影したのである。
帰りも大手門から出て、お濠伝いに東京駅に向かった。
すると音楽が聞こえて来た。「なんだろう?」と思い前方を見ると、2人の女性が音楽を奏でているのが見えた。
2人の前には立てたスタンドに乗せたスマホが見える。
皇居を背景にバイオリンとフルートの演奏をしていて、それをLIVE配信しているようだ。「ユーチューバー」でも迷惑系でなく、こういう人達なら大歓迎だ。
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
詳しくはこちらハッシュタグ
月別アーカイブ
「むしゃなび」はこちらの皆様に支援して頂いています
人気の記事
-
06/26(木) 小さな話(25)・・・ランチ事情
-
07/24(水) 新宿御苑のカブトムシ
-
06/24(火) 写真で見る東京(109)・・・六本木から東京タワー
-
06/25(水) 写真で見る東京(110)・・・銀座のガス灯
-
06/23(月) 写真で見る東京(108)・・・両国界隈

イベント
「観光・体験」カテゴリーのおすすめ記事
-
2025/01/29(水) ベトナムから来た日本語教師
心の伊達市民 第一号
0
2
-
心の伊達市民 第一号
0
2
-
2025/02/11(火) 豪雪の旅(3)・・・・・雪の津南町
心の伊達市民 第一号
0
1
-
2025/04/15(火) 写真で見る東京(89)・・・六本木の桜
心の伊達市民 第一号
0
2
-
2025/01/19(日) どうやって動かすかではなく・・。素のままに・・・。
観光・体験に関する
特集記事
-
『染まらないために染める』パンチラインな大和魂 〜異端児染師Aizome『I』
作務衣を纏った渋めの男性が現れると思いきや、目の前の染師は2パートに刈り上げたヘアスタイルの、抱いていたイメージとは程遠い方でした。 そのカッコいい雰囲気に釘付けになったところから取材は始まりました。 人生、何がきっかけで何が起こるかわからない。 金子夫妻と話をしているとつくづくそう思います。 「藍と出会って人生が変わった。」 今回お話しを伺ったのは、そうきっぱりと言い切る金子智志さんと愛さんです。 本当にこんなところに工房があるのだろうか…? 地図を頼りに探し当てた工房のある土地を見て驚きました。 湿地と田んぼに囲まれた広大な土地。 そこには、小屋を含め廃屋が何軒も建っていました。 「え!? こんな場所があったんだ!!」 それが筆者の第一声。 けれども同時に思ったこと。 それは〜。 「このお二人はなんて大きな夢を抱えているんだろう!」 ということ。 どんなに広い土地が欲しくても、この状況を見たら恐らくは誰もが諦めるだろうと思います。 なによりも廃屋の数が多いので壊すのが大変。 構築物も多い庭は広すぎて手入れも大変です。 ここを買うのは、たくさんお金を持っている人か、夢が大きく手入れが苦ではない人だと思いました。 現れたご夫婦と出会い、一目でこのお二人は後者だと直感しました。 ヒップホッパーが染師になると決めた日 金子愛さんは、伊達紋別駅近く「クリーニングのかねこ屋」の娘として生まれ、ピアノ教師を生業にされて今年で21年目。 その愛さんがパートナーとして選んだのは、ヒップホップに勤しみMCを生業にすることを志していた智志さんでした。 出会ったのは、その智志さんが夢をあきらめ、故郷の伊達市にUターンし、その後しばらくした頃のことでした。 「12年前、札幌から帰ってきてからは建築業に就いていました。」 そう話す智志さんの口から出てくる言葉は、とにかくイチイチ面白い! 韻を踏むような言葉がポンポンと出て来ます。 さすが、MCを目指していた方! 「僕、言葉が大好きだし大切にしているんです。ヒップホップをやっていたので、韻を踏む言葉の並びで、複雑な心の動きや物事の状況をバシッと表現するのが好き。そういうのパンチラインて言うんですよ。でもね、『言葉より藍!』と確信する出会いがあったんです。 藍に出会ったのは6年前でした。ニューヨークで寿司屋をやっている友達と会ったのですが、彼はアメリカに住みながら、日本人としての紺色にこだわりを持っていました。『和の心』を紺色=ジャパンブルーに求めていたのです。その時、僕の中に何か響くものを感じました。その日から、頭の中が紺色でいっぱいになりました。黎明館(藍の体験館)に通ったり、独学で学んだりしてすっかりと『藍』にハマってしまったんです。」 へ〜! パンチライン! 初めて耳にする言葉です。 最初は少々緊張していたお顔の智志さんでしたが、徐々に頬を緩め、次々とパンチラインをちりばめて語り始めました。 「とにかく藍染にハマって、3年間独学で染めていました。でもどうしても独学には限界がありました。そこで3年前、徳島の『BUAISOU』の研修生に応募しました。全国でわずか3名の狭き門に合格して研修生になることができ、12日間の研修をさせていただきました。そして、どうしても迷いがぬぐえず自信が持てなかった僕のやり方を『それでいい』とお墨付きをいただくことができたんです。嬉しかった。ようやくこのまま突き進んでいいんだ!と自信が持つことができました。」 『BUAISOU』について 世界各国からワークショップの依頼が殺到し、ハイブランドとコラボし、グローバルな活動をし続ける徳島の藍染工房です。 徳島県を拠点に、藍の栽培から染色、仕上げまですべてを一貫して行うBUAISOUは、古き良き伝統をそのまま受け継ぐのではなく、常に進化をし、先人たちをリスペクトしながらもそれを超えていく努力を続け、未来に繋ごうとしている。 わずか5人で運営する工房は、2015年4月されました。BUAISOUの名は、白洲次郎の邸宅「武相荘(ぶあいそう)」にちなんだものだそうです。 Bluem の誕生 ところで智志さん、『BUAISOU』研修においてお墨付きを得られたものの、しばらくは染師と建築の仕事の草鞋を二足履いていました。 けれども次第に口コミでオーダーが入る様になり、二足の草鞋を履いていては藍染の仕事が追いつかない状況になりました。 技術の確かさも証明されました。 それは「伊達美術協会」から表彰された『協会賞』という最高賞。 月と海、人間と自然を表した作品。 タイトルは『183672144288』 タイトルの意味はこうでした。 〜人と月と海の共通となる数字『18』。その18の倍数が人間の『生』を表し、目には映らない人と自然のつながりを人類が最も信頼し、裏切られてきた『数字』で表現しました〜 18:1分間に月が引き起こす波の回数=人間の1分間の呼吸の回数 36:人間の平均体温 72:人間の1分間の心拍数 144:人間の最高血圧 288:日数に変えると10月10日で妊娠期間と同じ 「人間が最も信頼し、裏切られてきた数字」この言葉だけで俄然実物を観てみたくなりました。 6月3日より2ヶ月間、「だて歴史文化ミュージアム」において展示会が開催されます。 「本格的に染師として生きていきたいと考えていたので、そのためにも自分の工房が欲しい!と思っていました。工房にする場所をずいぶん探したのですが、タイミングや予算も含め中々『ここだ!』という所に出会えなくて…。 がっくり‥としかけた一昨年の冬、出会ったのがこの場所でした。見に来たら一目惚れ。だいぶ荒れていましたが迷いはありませんでした。実はここ、子どもの友達のおばあちゃんの家だったところなのです。妻がそれを思い出してくれ、購入に結びつきました。」 昨年6月、ついに念願の城が手に入りました。 金子さんご夫婦にとっては夢に向かうThe 1’st stage『Bluem』です。 “ Blue “ × “ Bloom “ つまり青=藍 と開花。 藍で笑顔の花を咲かせたい! 藍で自分たちも開花したい! そんな想いが込められていました。 韻を踏む言葉が大好きな智志さんらしいネーミングです。 「『Bluem』は『藍』製品をカッコいいものとしてブランディングしていく場だと考えています。異文化交流はもちろん大事です。でも日本人として異文化を受け入れながらも、大和魂というか、『和の心』を『藍』を通して表現したい。だから『染まらないために染める』んです。ここを『まちのハブ』として育てて、いろんな人たちと繋がりながら行動して、自然を尊ぶ日本人のDNAを呼び覚ましたいんです。」 循環型ファッションを目指して ところで、今までの経済合理性は短期的にも長期的にも継続は難しい状況だと言われています。 そんな中、若い人を中心に高まってきたのが「気に入ったものを修理したり、染め直したりして長く使いたい」というニーズ。 衣料メーカー自体が「お客様に頻繁に買い替えさせる売り方ではなく、アフターケアを軸に『3つのR』をビジネスモデルの根幹にしていると言われています。 R:リユース(再利用) R:リデュース(使う資源を減らす) R:リサイクル(再資源化) の3つです。 「僕は自然のこと全然詳しくないです。SDGsとかもよくわからない。まあ持続可能な社会を目指そうということですよね。でも思うんですよ。藍もそうですが、人間は自然の恩恵なしには生きていけない。食べ物だってなんだって素材は全て自然が与えてくれています。でも、人間の勝手で飽きたり汚れたりすると簡単に捨てられてしまう。元は全て命なのに。そんな傷んでしまったり、汚れてしまったりしてしまったものを藍染によって甦らせることができるんです。幸い妻の実家がクリーニング屋なので、汚れやシミはしっかりと取り除いてから、新たな命を吹き込むことができる。おまけに堅牢性も増します。モノを大切に残すためのお手伝いができるのも幸せを感じることです。そうそう!あるピザ屋さんの窯から出た灰も藍染めに使えるんですよ。灰だって元は木。いただいた命に感謝して、最後までできるだけ捨てず使わせていただきたいと思っています。子どもたちの子ども、もっと未来の子どもたちのためにヒトが生きる源の自然を、僕らの役目として僕らの仕事で残して行きたいです。そう、『サスティナブルー』な仕事として。」 最後は韻を踏んで締めてくれました。 智志さんの中では当たり前の活動から生まれる循環。 ヒトもモノも自然もとても大切にされているお人柄が窺えるお話しでした。 人との出会いを一つ一つ丁寧に心に刻んでいるからこそ繋がっていく糸。 きっとお二人の出会いも…♡ 何度かその話を振りましたが、どうやらお二人だけのシークレットのようです ^^ お話しをしていて感じたのですが、ご夫婦のお人柄が多くの素敵なご縁の糸を手繰り寄せている気がしてなりません。 それを証明するかのようなイベントが、昨年の夏に開催された初イベント「草紙奏藍」でした。 先の見えないコロナ禍真っ只中、子どもも大人もみんなが疲弊してどんどん笑顔が少なくなっていく状況に、心を痛めていた金子さんご夫婦が立ち上がり開催されたのが、この『草紙奏藍』でした。 結果大盛況でしたが…。 思いついたのはいいけれど、正直他の作業もあり気持ちはいっぱいいっぱい。 広すぎる庭の草刈りはおろか、イベントに際しての環境整備もままならない。 途方に暮れそうになった時、助けてくれたのは、金子夫妻の活動を見守ってきた地域の方々や友人たちでした。 中には遠方から駆けつけてくださる方もいました。 畑違いの仕事から飛び込んだ『藍』の世界でしたが、元々のお二人の仕事や趣味の人脈のおかげで、予想を遥かに超えるお客様にお越しいただき、イベントは大盛況のうちに終わることができました。 もちろん、評判は上々。 きっと、今年の夏も期待されているのではないかと思います。 「今後もイベントは色々開催していきたいと考えています。全国シェア2位と呼ばれる篠原さんの藍の生産と“すくも”に加えて、染師としての技術や製品もグローバルに羽ばたかせて行きたいです。まずは「藍の町」伊達を歩く人たちの服や小物を藍色に染めたい!と思っています。」 2時間に渡った取材は、お話し上手な智志さんに乗せられ、素敵すぎる愛さんの笑顔に乗せられ、楽しくて楽しくてあっという間でした。 その楽しさはきっと、お二人に関わった方皆様が感じることだと思います。 I (藍)の形をバトンになぞり。 I (私)が染師として。 大和魂のI (愛)を届ける。 きっと、最後の『愛』は妻の愛さんと共に〜の意味が込められていることと思います。 AIZOME「I」 / Bluem 情報
Rietty
0
-
日本人(Y)