2024年1月1日も、いつものように午前6時に起き出した。
そしていつものようにトイレ、玄関から新聞を取る、猫のベッドの暖房を切る、パソコンのスイッチを入れる、窓のカーテンを開ける。そしていつもと違うのは、初日の出を窓から見るのである。

東京の日の出時刻は6時50分だそうだが、私の部屋からは手前のマンションが邪魔をして、初日の出は7時07分にビルの横から顔を出した。
ここで一句『初日の出 ビルの横から 顔を出す』


 ビルの横から「初日の出」



ここ何年かは大晦日の11時30分頃に家族と一緒に家を出て、歩いて勝鬨橋を渡り、築地の波除神社に初詣に行っていた。
ところが「年には勝てない」もので、段々と億劫になり、深夜の初詣は止めにした。

元旦の朝は、私はいつもと同じ午前6時に起きた。
でもいつものように、自分でパンの朝食というわけにはいかない。
家族が起きて来るのを待って、つまらないテレビ番組を見ていた。


佃の住吉神社の「お旅処」



朝食後は風邪気味の女房を置いて、私は1人で初詣に出掛けて行った。
最初は近所の住吉神社の「お旅所」に行った。
例年は同じ町内の氏子たちがいて、お参りするとお清めの酒を振る舞われた。

そして和紙に包んだお金を渡された。
金額は5円玉である。「ご縁のあるように」という意味だろう。
しかし今年の私は午前9時15分という遅い時間に行ったので、既に氏子たちは帰ってしまった後だった。


築地「波除神社」



次に勝鬨橋を渡って、築地の波除神社に行った。
前日にお焚き上げをして頂くために、正月飾りの「笑福」を納めに行った。
だからシッカリとお参りしないと、罰が当たる。

例年は午前零時前に行っていたので、その時は既に300人以上が並んでいた。
午前零時と同時にお参りが開始されて、先着1000名にこの年の「干支の守り札」が無料で配布される。私が行ったのは10時頃だったので、「干支の守り札」の配布は終っていた。


「築地本願寺」の「元旦会」



次に築地本願寺に向かった。途中の築地場外市場を通ったら、わずかに開いている食べ物屋には外国人観光客が群がっていた。築地本願寺もこの時間では人出は少なく、お参りも並ばなくても出来た。入口右手には「今年の一文字」が、花に囲まれて飾ってあった。

その文字は「遇」であった。解説によると、『教行信証の冒頭にある「総序」という部分に、「遇いがたくして いま遇すことを得たり」という一文があります』となっていたが、少し専門的過ぎて私には分からない。もっと素人受けする文字の方が良いと思った初詣だった。


今年の一文字「遇」(築地本願寺)



(おまけの話)
昨年は3年ぶりに、皇居一般参賀が行なわれた。しかしこの時の参賀は申込制で、希望者が多く抽選となった。その倍率は11倍で、私はハズレてしまった。
今年は誰でも参加できると知り、1月2日に1人で出掛けて行くつもりでいた。私はもう年齢的にも、今回が最後になるだろうと思っている。


「新年一般参賀中止」のお知らせ看板



令和6年の元旦を迎え、「明日はいよいよ皇居一般参賀だ」と楽しみにしていたら、午後4時過ぎに能登地方で大地震が起きた。でも皇居一般参賀は関係無いだろうと思って寝た。翌朝に念の為にネットで確認してみたら、なんと「中止」と出ていた。

宮内庁は「1日午後、石川県能登地方で震度7の地震が発生したことを受けて、新年一般参賀を取り止める」と発表した。


「手荷物検査場」も片付けられた



宮内庁によると、「自然災害の発生に伴って皇居での一般参賀が取り止められたのは初めてで、天皇皇后両陛下は、現地の寒さが厳しい中で人命救助や消火活動などが一刻も早く進むことを願われている」とのこと。また「両陛下が地震の被害状況に心を痛められているお気持ちを踏まえて、このような決定をした」と発表した。


二重橋の近くは大勢の観光客が来ていた



私は朝から一般参賀に行く準備をしていたので、もう止められない。
そこで中止を承知で、午前10時頃に皇居まで行ってみた。
閑散としているかと思ったら、大勢の人達が来ていた。

すでに準備していた「荷物検査場」は片付けられていて、テントだけが残されていた。警視庁は混雑整理用のオレンジ色のカラーコーンをトラックに積み込む作業をしていた。


カラーコーンを片付けている警視庁の職員



地方から何台かの、大型バスでやって来たらしい団体もいた。
一般参賀が中止でも、その人達はキャンセルが出来なかったのかもしれない。
正月を日本で過ごした外国人達は、前日の地震で驚いたことだろう。
日本人でも驚くのだから、地震の無い国から来た観光客は怯えただろう。

でも皇居前では二重橋をバックに、みんなで写真を撮っていた。
私は今回で最後と思っていたのだが、この様子だと来年も来るかもしれない。


「二重橋」はみんなの撮影スポット


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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