心の伊達市民 第一号

以前から「大井川鉄道」のSL列車には乗ってみたいと思っていた。
ローカル線は全国的に消え行く運命にあるようだが、私は鉄道ファンではないがローカル線は好きだ。
新幹線と違い単線をのんびりと走り、車内の乗客は後期高齢者ばかりである。
乗り合わせたバアチャンに話を聞くと、『病院へ行く』とか『スーパーに行く』などと言う人ばかりである。




機関車を方向転換させる「転回台」(新金谷駅)

 

10月初めに旅行社から分厚いカタログが届いた。
いつもはそのまま資源ゴミとして出してしまうのだが、この時はなぜかページをめくった。
そこで見付けたのが、「温泉リゾートホテルで疲れを癒す。香嵐渓・大井川鉄道SL列車・東海紅葉名所めぐり」というタイトルで、「ひとり旅」の限定だった。新幹線で静岡まで行き、その先はバスとなる。
その時はまだ裏磐梯に行く計画は無かったので、すぐに申し込んだ。




SLがバックして客車と連結作業(新金谷駅)

 

11月17日(水)午前8時に東京駅に集合した。
集っていたのは17人だったが、私の考えとは違い1人旅は3人くらいだった。
他の参加者が何組かの友人達のグループ旅行であるのは、賑やかに話をしているので分かる。


1人の参加者ばかりで静かに旅行できると思ったのが、最初から当てが外れた。
乗車したのは「こだま」で、幸いに3人掛けの席に私は1人だけだった。




観光客がゾロゾロと乗車口に向かう。

 

静岡駅で下車して、そのまま迎えのバスに乗る。
席は予め決っていて、私は添乗員のすぐ後ろの席だった。
通常だと1日目が前の方の席の人は2日目は後方の席となるのだが、今回は新型コロナウィルス対策で席替えは無かった。ここでも検温、手指の消毒が待っている。バスは大井川鉄道のSL列車の出発駅の新金谷駅に向かう。




私が乗った蒸気機関車「C11 190 」(新金谷駅)

 

新金谷駅の駐車場には、次々と観光バスがやって来ている。
SL列車は1日に2本だけなので、観光客はそれに乗るためだけに来ている。
私達は「新金谷駅」から8駅先の「家山駅」まで乗車する。時間にして約30分で、運賃は600円である。


蒸気機関車に連結されているのは、旧型の客車4両である。
ガイドの説明では『蒸気機関車が走ると、沿線の家では洗濯物が汚れて干せない』とクレームが付くので、現在では煙の出ない高価な石炭をオーストラリアから輸入しているそうだ。




SLの運転席がレトロでいい感じだ。

 

自家用車の利用が増えて列車に乗る人がいなくなってしまい、現在は全てが観光客だそうだ。
出発前に、蒸気機関車と客車を連結する作業も懐かしい。
我々の旅行は少し高目なので、4人掛けの席を2人で使用している。


ガイドに聞いたら『2人分の運賃を払っている』と言っていた。列車が出発すると、駅員が総出で見送る。沿線では案山子を飾ったり、タヌキを並べたりして乗客を楽しませる努力をしている。




車内販売が始まり、みんなが買う。

 

しばらくすると車内販売が始まった。
売り子のオバサンが『SL列車内でしか売っていません』と宣伝すると、多くのお客が買っている。
SL列車のアナウンスで、『トンネルが近付いたら汽笛を鳴らしますから、窓を閉めて下さい』と言った。
この言葉が懐かしかった。


私が中学3年生の時に、同級生の故郷を訪ねて北海道まで行ったことがある。
その時はSL列車が当たり前で、トンネルに入る前に窓を閉めなかったので、「駄目じゃないか!窓を閉めろ!』と怒られたのを思い出した。64年ぶりの蒸気機関車は青春時代を思い起こさせてくれた。




私の下車した「家山駅」に停車したSL

 

(おまけの話)
お昼ご飯はフレンチ・レストランで、その後、バスで40分くらいのところにある「小国神社」に行った。
ここも私にとっては3回目で、あまり紅葉は期待できない場所である。


神社は大きな木に囲まれた中にあり、陽も差し込まない。
ところどころにある「もみじ」は紅葉している木もあるが、殆どがまだ緑色であった。
撮影したい紅葉も無いので、神社にお参りをして私だけはすぐにバスに戻った。




「小国神社」はうっそうとした森の大木の中。

 

そこにいたバスの運転手と話をしてみた。
私  『緊急事態宣言の時はどうしていたのですか?』
運転手『幸いに私の会社は基本給は保証してくれたので、仕事を辞めないで済んだ』
私  『中小・零細バス会社はどんな様子ですか?』
運転手『歩合制の会社が多いので、収入が絶たれてしまいトラック運転に転職している。今は観光も始まったが、そんな会社は運転手不足でとても困っている』。
そんな世間話をしながら、出発時間まで過ごしたのである。




わずかにあった紅葉した「もみじ」

 

バスは出発して浜名湖に向かった。
40分ほどで『ラ・クーン』という、なんだか洒落た名前のホテルに着いた。
名前は洒落ているが、そこは大規模ホテルで、観光バスが12台も駐車していた。
一時は斜陽となった大規模ホテルが近年は安売り旅行社やネットで個人客を集めていて、それなりに繁盛しているようだ。


極力、人手を省き、食事でお客を惹き付けている。夕食が豪華で、「うなぎのせいろ蒸し」まで出て来たのには驚いた。朝食のバイキングも種類が多く、「最近の観光ホテルは凄いなー」と思った旅だった。




太鼓橋の周りの「もみじ」はまだ緑色だった。


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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