心の伊達市民 第一号

しばらく前からメールで「現代アート」の案内が届くようになってから、「開催場所が近い」、「無料」という2つの条件が合い、また私の都合が良い時は見に行くようにしている。
当初は案内メールや会場の入口に書かれた作者の「作品に対する思い」が難解で、とても理解できなかった。それは今でも全く変わっていない。





「Yuki Onodeara」の作品「ここに、バルーンはない」


しかし最近になり、私の方が変った。
それは「理解しよう」とするのではなく、「難解を楽しむ」に変ったのである。
このように自分が変ると、「この作者はどんな難解なことを述べているのか」ということに興味が沸いて来た。今回は銀座4丁目角にある「リコー・ギャラリー」に行ってみた。





「写真撮影OK」は珍しい。


今回の展示作品は『ここに、バルーンはない』というタイトルで、作者は「Yuki Onodera」という女性である。作者のステートメントである。かなり長いが「難解を楽しむ」のであるから、以下に全文を載せる。


【きっかけは1900年初めにパリで撮られた1枚の写真だった。当時の服装を身に纏った人々の後ろに堂々としたモニュメントがある。そのブロンズで作られたモニュメントは複数の人間の彫像が重なるように立ち,頭上の大きなバルーンを支えている。パリに住み随分と時が経ったが、このようなモニュメントは一度も見たことがない。調べてみた。





写真に絵の具を投げ付けたようにしか見えない。


ニューヨークの自由の女神で知られる彫刻家「Bartholdi」によって作られたもので、熱気球の操縦士と伝書鳩を讃えるためのモニュメントであった。このモニュメントは存在しない。1941年、パリがドイツに占領されていた時に他の何百もの彫像とともに「溶かされた」というのだ。


当り前のことだが、私はハッとしたのは金属であるブロンドの彫刻は溶けるということだ。絵画や写真を破壊するには、燃やすか破くか、しかし彫刻は溶けて別のものに生まれ変わるのだ。「そう、何百もの彫像とドロドロと溶けて行く・・・」。





モノクロもある。


早速、カメラを片手にこのモニュメントがあった場所、「Porte des Ternes」に行ってみた。現在は高層ホテルが唐突に1棟聳えていて、大通り入口右側のわずかな家並みと「Ballon des Ternes」というレストランの名前のみが昔の記憶を留めているだけだ。私は古い写真当時の広場を想像しながらモニュメントがあったであろう、その辺りの風景をモノクロの銀塩フィルムに一枚一枚収めていった。


熱気球という過去の技術や伝書鳩という古のコミュニケーションに思いを馳せながら。この場所を撮影したフィルムは私自身の手により2m近い大型の銀塩写真となり、そのプリントは粗目のキャンバス上に存在感を持ってコラージュされる。





写真の顔に切った紙を貼ってあるようだ。


さてここからが今回の制作の要だ。大きく拡大された銀塩写真の粒子は砂目のように荒く、そのプリントのざらついた表面上に違和感際立つStareReapプリントをぬらぬらと被せ時限を飛び越える。それは私にとって「溶けて無くなった彫像」の不在を呼び戻すような行為なのだ。「溶ける」をキーワードに溶かしたオブジェをデジタルカメラで撮影し、さらに時の流れの重さを積み重ねるように、その溶解物中に数多のイメージを内包させる。


StareReapプリントによる滑らかではあるがレリーフのような立体的で厚塗りの絵の具のようなカラー・イメージ、それと現在を表したモノクロプリント。そのふたつの衝突と融合。プリント上に移植された異形のイメージは時と場所の混濁とイメージの飛翔を促すだろう】。





リコーギャラリーの隣は「鳩居堂」


いやー、私の期待に応えてくれる難解な芸術論であった。でも現物の作品は私にとっては難解ではなかった。「写真に絵の具を投げつけた」という感じで、芸術論が不要なら私にも出来そうだ。
アートにはそれぞれの人の楽しみ方があって良いと思うので、私はやっと楽しみ方を分ったような気がした。


以前に私のブログにロサンゼルスに住む建築家で、女房の親戚がコメントを書いていたのを思い出した。
『アーチストとか建築家はものすごく恥ずかしいことを大真面目で宣言するので、イヤー、参る! あんな大げさなこと、自分も大学時代によくやっていたよなー。でも、セケンといものを多少知ってからは、もう言わない』。





9階の会場から三越デパートが目の前に見える。


(おまけの話)
アートを見た後に、ランチに行った。
数寄屋橋交差点の角の「Sony Park」が新しいビルを建てる為に工事中だった。
最近の工事現場は囲いが無機質のグレーの壁ではなくなり、アートが描かれるようになって来た。
Sonyの工事現場の壁のアートも現代アートだが、リコー・ギャラリーで見たばかりの難解な解説のアートと違い、町を明るくしてくれているのが好感が持てる。





Sony Parkの工事中の塀のアート


最近の私はランチに重い物を食べてしまうと、夕食が食べられなくなった。
でもたまに築地市場で「はいばら」のうな重を食べたり、銀座8丁目の「天国」で天丼を食べてしまう。
そして毎回のように反省しているので、その日は銀座シックスの地下一階の「はなまる」うどんを食べた。


ただこの店は食べる場所が、囲いの無い通路のような感じである。なんだか昔の台湾のようだ。私は浅草の「めんまる」で道路でラーメンを食べるので、段々と平気になって来ている。でも女房に見付かったら、怒られるだろうなー。





「はなまるうどん」かけ(360円)&かき揚げ(150円)


食後は有楽町に出て、丸井の地下一階のドーナツ屋「クリスピィ」でお茶にした。
あまり早く家に戻りたくないので、いつもどこかでお茶をする。
その時は持参した本を読むようにしている。家では寝る前に本を読むのだが、すぐに眠くなってしまう。
だから外でコーヒーを飲みながら読まないと、なかなか捗らないのである。





「クリスピィ」 ドーナツ&コーヒーセット料金(473円)


コメント

コメントを書く
お名前 必須

名前を入力してください。

メールアドレス
(表示されません)

正しいメールアドレスを入力してください。

コメント必須

コメントを入力してください。

コメントに不適切な言葉が含まれています

パスワード必須

パスワードを入力してください。

パスワードは半角小文字英数字で入力してください。

Cookie

心の伊達市民 第一号からの関連記事

伊達季節移住のススメ 心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

心の伊達市民 第一号のよく読まれている記事(直近期間)

心の伊達市民 第一号のカテゴリー

心の伊達市民 第一号のハッシュタグ

心の伊達市民 第一号のアーカイブ