心の伊達市民 第一号

梅雨となっても、私は出掛ける。これは「なに症候群」と言うのだろうか?
今回の写真は「お台場のアジサイ」である。
紫のアジサイは白のアジサイより少し開花が早いので、1回目は5月30日にお台場に写真を撮りに行った。


この日は5月だというのに、気温が30度を越えて熱中症が心配なほどだった。
「アジサイは雨が似合う」と思っているので、カンカン照りの日のアジサイは情緒に欠ける。




     お台場「シンボル・プロムナード」のアジサイ


でも青海の白い色のアジサイに合わせると、こちらの紫色のアジサイは枯れてしまう。
だから仕方なく、2回に分けて行くしかなかった。でも暇人だから、困るということは無い。
「アジサイ」は漢字で書くと「紫陽花」である。その単語に「紫」という字が入っている。


紫陽花の語源は「藍色が集まったもの」を意味する「集真藍(あづあさい/あづさい)がなまったという説が有力なようだ。だからアジサイは日本では紫が本来の姿のようだ。
その紫色のアジサイが群生しているのが、お台場から東京ビッグサイトへ行く途中の公園である。




        日陰でないと、紫色が写真に出ない。


細い小径の両側に植えられたアジサイの道は、とても気持ち良い。
カメラマンも来ていて、立派なカメラで熱心に写真を撮っている。
私はコンパクト・カメラであるが、素早く撮るにはこちらの方が向いている。


ミニ三脚を取り出して、人の来ない間にセルフタイマーで「アジサイと私」の写真を撮った。
最近は出掛ける度に自撮り写真を撮るので、葬儀の時に使う写真が多過ぎて女房は戸惑うかもしれない。




      青いアジサイの後ろはカンカン照り。


2回目は「アジサイは雨が似合う」と思っているので、雨の日を狙って出掛けて行った。
ところがこの日(6月6日)は天気予報によると『発達した低気圧の影響で、西日本から東北にかけて広く雨になるでしょう。太平洋側では大雨に注意・警戒が必要です』と伝えていが、夕方のニュースでは「東京地方は梅雨入りした」となった。


「ひとり」では寂しいので、四国のお遍路を真似て「同行二人」とした。
これは正式には「どうぎょう ににん」と読むそうで、弘法大師と一緒に巡礼しているつもりになる巡礼の形である。今回はお遍路ではないので、私が昔に彫った「聖観音菩薩像」を同行した。




         青海への途中の休憩所から振り返ると東京ビッグサイトが見えた。


少し前にブログに「おひとり様」という記事を書いたら、ロスに住むShinjiさんがコメントを書いてくれた。そこには『お1人様、幸い私は絵を描くのが好きなので、スケッチをしていれば「おひとり様」ほどありがたいものはない。描いているとたいてい、誰かが覗き込んで話し掛けて来る。それもタイミング次第で、大事な集中力を必要としている時に話し掛けられると迷惑だ』とあった。


私の場合はカメラなので集中力は一瞬だし、誰も話し掛けて来ないので助かる。
たまに声を掛けられる時は、『すみません。シャッターを押してくれませんか?』とスマホを差し出される時くらいだ。




      青海のアジサイ畑は段々畑。


東京ビッグサイトで都バスを降りて、そこから雨の中を青海方面に歩いて行く。
この雨の中を歩いているのは、私だけだ。車が飛沫を上げて、猛スピードで私の脇を走って行く。
「ゆりかもめ」の「青海駅」が近付いた頃から、左手にアジサイの群生が見えて来る。


道路から運河に向って傾斜していて、そこに段々畑のように大量のアジサイが植えられている。
雨が激しくなって来たが、傘を差し仏像とアジサイを画面に入れて撮影する。
これがとても難しい。気が付いたら、レンズに水滴が付いていた。撮り直しである。




       「聖観音菩薩と紫陽花」


こんな雨の中をアジサイの写真を撮りに来る「もの好き」は、私以外にいない。
仏像は木製なので、あまり雨に濡れさせたくない。乾いた時に割れる恐れがあるからだ。
それでもなんとか頑張って、10枚くらいの写真は撮った。そして「雨とアジサイと仏像」の撮影は終った。


「アジサイは植える土壌により、色が変る」と言われているが、青海のアジサイは白い色のものばかりなので家でネットで調べてみて驚いた。なんと白色のアジサイは色素を持たない種類なので、どこへ植えても色は白だそうだ。




      聖観音菩薩が手に持つのは「蓮の花の蕾」


(おまけの話)
上野千鶴子の書いた、「在宅ひとり死のススメ」という本を読んだ。
これは私が借りてきたのではなく、女房が借りて来て私に「これを読んだら」と言って渡されたのである。


作者は独身なので、いままでも「ひとりは寂しいでしょう」とか、「可哀そうね」などと陰で言われていた。でも強い彼女はそんな時は「余計なお世話」と思っていたが、それを本に書くことにしたのだそうだ。




       アジサイに囲まれて。


この本の中で現役の医師の書いた本、「老後はひとり暮らしが幸せ」のことが取り上げられていた。
その医師が来院した患者を調べた結果が、私の予想外のものだった。
調査によると、同居者が「1人」、「2人」、「3人」、「4人」を比較している。


すると自分の他に1人増えて「2人暮らしが生活満足度が最低」、「3人所帯になると、やや上昇」、「4人所帯でやっと独居高齢者と同じになる」という結果になった。




        観音様はアジサイに似合う。


「ひとり暮らしが、一番幸せなんだ」とデータが示している。
世間では亭主を亡くした奥さんは、1年も経つと以前より元気溌剌になっている姿を見る。
やはり「1人は幸せなんだ」と、ハッキリした。


マンションの友人のIさんは奥さんを亡くしたが、以前より元気である。
Fさんは奥さんは施設に入所だが、「ひとり」で満足している。
「ひとりは寂しく、可哀そう」と思い込んでいる人達も、その内に「ひとり」になり分かる時が来るのだろう。




       観音像の台座を手に持って撮影する。


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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