最終日の撮影は午前6時の出発だった。家に居る時なら、午前6時は全く問題ない。
しかしペンションでは同室者のMさんがいるし、ベッドが変ると眠れない私だ。
ウトウトして朝を迎え、5時30分に起きて支度をする。

天気予報ではかなり寒いようなので、防寒をしっかりする。
ペンションから外へ出たら雪がチラホラ降っていて、地面には昨夜の内に降った雪が積っている。


 午前6時のペンション前と撮影用のワゴン車



ワゴン車には既にみんな乗っていた。
我々が乗ると車は出発したが、どこへ行くのか運転手のペンション・オーナーの説明は無い。現場の「小野川湖」に着いたら、雪が激しくなって来た。

場所の名前が分かったのは、帰る時に3日間に行った場所を書いた地図をくれたからである。駐車場から撮影場所は近いのだが、やはり深い雪道だった。 


小野川湖の湖畔で撮影開始(目の前は凍った湖)



右手の船着き場から、暗い中を小舟が出て行く。
湖の沖合に行って、日の出の撮影でもする人達だろうか?
我々は岸辺でそれぞれが適当な場所を選んで、三脚を立てる。

Mさんはあまり遠くに行かず、割合と近い場所でカメラケースの上に座っている。
こんな時の為に、座れるような固いケースを購入したらしい。


 吹雪となり同じ場所で撮影した光景



撮影が始まって間もなく、強烈な吹雪が襲って来た。
もう撮影が出来ない。すると先ほど出て行った小舟も戻って来た。
少し雪が小降りになったので、フラッシュを使って雪の効果を出そうと考えた。
これが意外と難しい。ある程度は光景が入らなければ、なにがなんだか分からない。

雪も止まず寒くなって来たので、1時間くらいで切り上げてペンションに戻ったのである。これで今回のペンションのガイドの撮影は終った。


小舟で出て行った人も吹雪で戻って来た



この度の旅行は「旅割」と福島県の「来て割」の対象となっていた。
宿泊とガイドで通常は2泊3日で「2万8000円」のところが「1万8000円」になり、更に「来て割」で2泊分のクーポン券が6000円も付いて来た。思い掛けない割引で、実質的には1万2000円になったのである。

そしてMさんの車に乗せてもらったので、ガソリン、高速料金を割り勘にしているので、その費用は1万3630円で、全部の合計は昼食代などを入れても2万7000円くらいの撮影旅行だった。困ったのは、福島県で6000円分のお土産を買うことであった。
欲しいものが無いのである。


 大内宿に向かう時は晴天となった(左は防風壁)



(おまけの話)
この日のペンションの撮影予定は朝食前の1回だけだったので、朝食後はMさんの計画に従うことになった。彼は「大内宿」と「只見線第一橋梁」の撮影を計画していた。
私は両方とも行ったことがあるので時間的なことも考えて、『どちらか1ヵ所では?』と提案したが聞き入られなかった。

先ずは「大内宿」であるが、ペンション・オーナーは『雪道に慣れていない人は、安全を見て2時間』と言っていた。でもMさんは『俺は冬の北海道撮影で雪道は慣れているから、1時間30分だ』と言った。そしてMさんの言うように、1時間半で大内宿に着いたのである。


 「大内宿」の光景。人がほとんどいなかった。



大内宿の町並みは雪が積って綺麗だった。
台湾からの観光客が10人くらい来ていたが、日本人は殆どいなかった。
私は大内宿を見下せる高台に上るために、キャラバンシューズに付けるスパイクを準備して来ていた。
でもMさんがその高台に上るのは無理なので、そこで解散して11時集合とした。

大内宿は道路の両側の家は殆どがお土産屋か、食堂である。でも冬の間は閉店している店の方が多かった。ツララが下がる光景は久し振りで、写真を何枚も撮った。


 久し振りにツララを見た



町並みを見ながら突き当りまで行き、溶けた雪が凍った危険な道を登って行く。
やっとのことで見晴らしの良い場所に着いたが、誰もいない。
ここから見下ろす大内宿は、雪の季節が一番綺麗だと思う。

写真を撮り終えて、ソロリソロリと坂道を降りて行く。上りより下りの方が怖いし危険である。町並みを見ながら戻りMさんと合流したら、『上からの写真を送ってくれ』と言われた。


 高台に苦労して登り、上からの光景を撮った



大内宿を出発して、只見線の第一橋梁へ向かう。
カーナビでは1時間で行けそうだ。列車が第一橋梁を通過する時間は午後1時3分である。その10分以上前には、現地に着いていたいので急ぐ。

第一橋梁のすぐ近くに「道の駅」があるので、そこに車を停める。
私ならそこから5分で高台の撮影場所に行けるが、Mさんは10分は掛かる。
幸いに12時50分には高台に2人とも着いた。


 只見線「第一橋梁」に差し掛かる列車が見える



撮影場所は狭く、良い場所は4人分くらいしか無い。
しかしこの日は嬉しいことに私達2人だけだったので、十分なスペースが確保できた。
Mさんは写真以外に動画も撮影すると言っていた。
13時05分になって、橋梁の左端から2両編成のジーゼルカーが現れた。

私は予定通りに連写で左端から右端へ消えて行くまでを撮影した。
でも家でパソコンに取り込んでみたら、「もう少し引いた画像の方が良かったのでは?」と後悔している。
そしてその後はトイレ休憩だけで家に着いたら、午後7時40分だった。


  車両はジーゼル車で、2両編成(1日に5回しか通過しない)


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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

コメント

  1. Shinji
    Shinji
    返信

    吹雪の、雪が玉になって舞っている写真、大内宿の高台からの写真、がいいですねー! 第一橋梁はおっしゃるとおり、周りの広大な景色が入っているとなおいいですねー。いずれにしても写真家というのは、人が眠っている時、炬燵に入ってゴロゴロしている時にも、勇敢にも外へ出て、シャッターチャンスを待ち受ける意思と行動力を必要とするということが、この記事からだけでもよくわかります。今回は写真仲間を助けながらの旅ですから、”よくできました。お疲れ様!”

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