心の伊達市民 第一号
日に日に夕暮れの時間が早くなって来ている。
ある時、突然のように、「ずいぶん長く東京ゲートブリッジの撮影に行っていないなー」と思い出した。
「夕陽が奇麗なのではないか?」と想像したら、もう行きたくなってしまった。
天気予報で確認し、晴れている夕方を狙って出掛けて行った。
東京ゲートブリッジに行くには、大江戸線で「月島駅」で降りて、地下鉄「有楽町線」の「新木場駅」で下車する。そこから都バスで「若洲キャンプ場前」行きの都バスに乗る。自宅から約50分で行ける。
新木場駅の反対側には原爆マグロで有名になった、「第五福竜丸」の実物が保存されている展示館がある。都バスで倉庫街を抜けて10分ほど行くと左側には東京ヘリポート、その隣には都立のゴルフ場「若洲ゴルフリンクス」がある。
10数分で終点の「若洲キャンプ場前」に着く。最近はキャンプが大流行りのようで、大勢がキャンプしていた。キャンプ場の横を通り抜けると、目の前が急に開けて海岸に出る。ここは釣り場が作られていて、大勢の人が釣りを楽しんでいる。
左手には巨大な「東京ゲートブリッジ」がそびえ立っている。
この橋は東京港第三航路を跨ぎ、中央防波堤外側埋め立て地と江東区若洲を結んでいる。
木塲方面に行く車が通るようで、大型車が次々と渡って行くのが下からでも見える。
まだ夕陽には時間があるので、釣り人の様子を見ていた。
10センチくらいの魚が、竿を入れて1分くらいで釣れていた。
太陽の落ちる位置を見定めたら、橋の反対側が良いと分かって移動した。
逆光の中で眩しい。サングラスを持ってくれば良かった。
太陽はまだかなり上の方だが、ゲートブリッジの中心に落ちるところを撮りたいのでウロウロする。試し撮りをして、撮影場所、露出を調整する。
橋の中心に太陽が落ちる場所が分かったので、また移動して三脚を立てる。
段々と薄暗くなっては来たが眩し過ぎるので、レンズの絞りを大きくマイナスにした。
太陽が丁度、橋の中央部に来た。光線が幾重にも開いた。
家で確認したら、これがこの日のベストショットだった。
友人のプロカメラマンのOさんの言う、「その時、そこにいる」が大事だとつくづく感じた一瞬だった。
太陽が橋の中心を過ぎると、あとは早い。
スピードを上げて、太陽が沈んでいくように感じる。
空は暗くなりかけて、地平線に近づいた太陽で空が赤くなり出した。
私は次に真っ赤な夕陽を期待した。
地平線には薄い雲が出ている。これがとても邪魔である。
手前にもビルが見えるが、これはどうしようもない。
太陽はついに地平線に沈んで行った。
しばらくそのままそこに留まり、真っ赤な夕焼けが起きるのを待った。
しかし10分ほど待ったが、この日はこれ以上の夕陽にならなかった。
(おまけの話)
太陽が沈んでしまったので、また橋の反対側に戻った。
薄暗くなったゲートブリッジに照明が点いたようだ。
釣り人はもういない。みんな帰ってしまったようだ。
管理事務所のスピーカーが『借りた自転車は早く返しに来て下さい」とアナウンスしていた。時間は5時少し前になっている。
夜釣りをするらしい人がやって来た。
写真を撮りに来た人は、この日は私以外にいなかった。
段々と暗くなり、周りがよく見えなくなって来た。
10年ほど前に来た時は羽田空港を飛び立った飛行機が左奥からこちらに向かって来て、ゲートブリッジの上空で旋回して去って行ったのを覚えていた。しかしこの日は風向きのためか、飛行機は全く飛んで来なかった。
飛行機も来ないので、諦めて家に帰ることにした。
もう誰もいない。バス停に行くと、午後5時30分の始発があった。
車で来ている人達ばかりで、バスには4人しか乗らなかった。
しかし途中の倉庫街を通ったら、なんとサラリーマンで満員になった。
新木場駅から地下鉄に乗ったら、豊洲駅で超満員になった。
久し振りにサラリーマンの通勤時間と同じになったが、遊んでいる私は「ご苦労様」という気持ちになった。
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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02/12(金) いま、お馬さんと密な関係になってみた!LAKE TOYA RANCH
こちらの特集版にご訪問くださり、どうもありがとうございます^^ / 今後月に2~3回ほど、編集部のライターとして、皆様のお目目にかかることになりましたRiettyです。 この場では、私が出会った「好き」や「楽しい」や「いいね!」を皆様におすそわけさせていただきたいと思っています。 いろんなモノ。 いろんなコト。 いろんなヒト。 楽しむための情報の一つとして。 どうぞ末長くお付き合いくださいね ♡ さてさて。 国道230号線を留守都村方面に向かって車を走らせた時。 この看板を見かけたことはありませんか? 私、実はず〜〜っと気になっていたのですが、ついに曲がってみました。 すると…。 まずお迎えしてくれたのはこの子。 プードルのラヴィン君です。 まだ子供なので、「お客様だ〜!」とはしゃぐ姿がとても可愛い。 北海道弁では「おだつ」感じ。 そして誘導されるように歩くと…。 たくさんのお馬さんたちがのんびりお食餌中でした。 ここは、洞爺湖にほど近い月浦町にある「LAKE TOYA RANCH」さんです。 おっとり優しいお馬さんに跨り、ホーストレッキングや引き馬などを体験できるところです。 早速、体験してみました。 乗せてくれたのはヨーロッパ系ハーフリンガー&どさんこのミックス、大食漢のマックス君。 男子ですが可愛い顔立ちです。 山岳馬なので体力があります。 まずは「よろしくね ♡」とご挨拶。 そして、マックス君の相棒はアメリカ産クウォーターホースのローラちゃん。 カウボーイが乗るお馬さんです。 でも、ここで乗っているのはとても素敵な美人インスタラクターさん♡ トレッキングに出かける前に、「進め」「止まれ」「ターン」の手綱捌きを教わりました。 とても良くトレーニングをされているお馬さんたちなので、的確なアドバイスのもと、少しの練習と、「仲良くなりたい!」という気持ちがあればすぐに乗れるようになれます。 さあ! いざ! トレッキングに出発〜! 緊張と興奮でワクワク&ドキドキ☆ 親切なインストラクターさんは、ほとんど後ろを見た状態で爽やかに優しく指示をくれます。 上り坂は前傾して。 下り坂は後ろに反り気味に。 軸を保とうとするので、インナーマッスルが鍛えられそうです。 太腿の内側も締まりそう。 なかなかの運動量です。 二次的効果を密かに期待してしまいます。 途中、雪が降り出しました。 グリーンシーズンも良いけれど、白い雪原や山道を歩くのは本当に気持ちがいい ♡ お馬さんが一緒にいると、見慣れたはずの洞爺湖の景色が非日常なものに変わります。 お馬さんとの密なトレッキング。 元気に迎えてくれるラヴィンちゃんと、穏やかなお馬さんたちと、親切なスタッフさんたちに優しい時間をいただきました。 もちろんワイルド&イケメン社長 高橋洋一さんも、はにかみながら歓迎してくれます ^^ / 最後に地元密着耳寄り情報!!(地域外の皆様にはごめんなさい) 絶対にお得!! 絶対におすすめ!! 見逃さないでね♪♪ 帰りは高橋社長とラヴィン君が見送ってくれました。 レイクトーヤランチ情報 電話 0142-73-2455 住所 虻田郡洞爺湖町月浦44番地(カーナビ住所検索はうまくいきませんので、レイクトーヤランチと入れて検索してください) アクセス 洞爺湖温泉街より車で5分 E.mail toya@jphorseriding.com ※記事の内容は取材時の情報に基づいています(取材2021年) ※シェア、リンク等大歓迎です!
Rietty
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03/01(金) 確固たる想いを洞爺湖で実現させたい! 〜『湖の膳舎 なかむら』 和食職人 中村 悠佑氏〜
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