シーカヤックを手に入れた。我らが北海道のノーライト社製のツアー艇である。

今朝、我が町から100km北にある札幌のアウトドアショップ秀岳荘まで車で走った。そして昼にはそこの駐車場で待ち合わせしたオーナーと商談してカヤックを購入した。お金と交換して艇を車に載せてから、帰宅するまでの間のワクワク感は、まるで新しいおもちゃをデパートで買い、早くそれで遊びたくて家に帰る前に袋を開けてしまいたい、そんな衝動を持った少年時代の自分に戻ったようだった。


全長550cm。白い船体はうっとりするほどスリムで繊細なボディ。バウは適当に切り上がり、キールもしっかり入り直進性がありそうだ。海に出れば一漕ぎですうっと前に出ていくことだろう。そんなうっとりするほど美しい艇を手に入れたが、実はこいつは自分にとっての二艇目だ。

シーカヤックは太古から人々が交通手段や交易、漁などに活用してきた小舟である。
海洋国家の日本では、太古から近海には多くのシーカヤックが浮かび、人々の生活の一部になっていたはずだ。
そんなシーカヤックを僕はずっと前から欲しいと思っていた。
「いつか手に入れてそれで大海に漕ぎ出したい」そんなふうに思っていた。

その魅力は多分、白樺の間を縫って腰まである白銀の深雪に沈みながら山を下るバックカントリースキーだったり、遥か下の地上に向かって身を投げ出すスカイダイビングや、自分の呼吸音しか聞こえない神秘的な海に潜るダイビングとかと同じで、日常からの脱出であり、束縛からの解放であり、自由になることなのだと思う。

そう。それはもしかしたら太古から息づくDNAに刻まれた欲求なのかもしれない。


妻と一緒に洞爺湖の小島に上陸

ところがいざそれを所有するのはこれまでそう簡単ではなかった。

購入をすれば20万から40万円以上する。しかも年に何回使うかもわからないわけだからかなり贅沢なおもちゃだ。そんな代物を持つことを妻が簡単に許すはずもなかった。それに長さ5mもある大きな荷物をどこに保管できるというのか。そんなスペースが居宅になかった時代は、妻を説得する前に所有を諦めざるを得なかった。

ところが、東京から北海道に移住して海がすぐそばの一軒家を持つと、昔からのシーカヤック所有の夢が頭をもたげてきた。

そんなあるとき、妻に思い切って相談した。
「実はシーカヤックが欲しいんだ」と。

「え? シーカヤック?」 

妻は当然難色を示すと思ってはいたし、説得をするのには時間がかかると覚悟をしていたのだが、意外とすんなりと話を了解してくれた。
しかし、

「私も一緒に連れて行ってくれるならいいよ」

と条件をつけられたのである。

正直なところ、それはちょっと面倒ではあったのだが、憧れのシーカヤックライフが実現できるのだ。多少の面倒なら受け入れていくしかない。

それでお互いに合意し、早速二人でカヤック探しを始めた。

新艇はかなりの高額になるので、結局中古艇を探して数ヶ月。釧路湿原でガイド業をやっているアウトドア会社が我々の条件にあった二艇をまとめて売りに出しているのをネットで見つけた。そこですぐにそのオーナーに電話し、釧路まで往復800キロ、一泊二日で妻と一緒に買い付けに行った。


釧路でゲットしてそのまま居酒屋へ

あれから4年。

最初のうちは妻と一緒に近くの海や湖で結構頻繁に乗って楽しんでいたのだが、そのうちどうにも艇が重く感じるようになり、車載やその他の準備、そして終わったあとの片付けがだんだんと億劫になってくると、だんだんと乗らなくなってきてしまった。

そうしているうちに今度は新型コロナの流行だ。
感染拡大防止という名のもとに、アウトドア活動も不条理に制限された。

しかし、乗れないとなると余計に乗りたくなるものだ。
そこで次のシーズンには、久しぶりに仕事を休んで東京から遊びに来ていた次女をシーカヤックに乗せてあげたいと思い、しばらく出していなかった艇を家の脇の保管場所から引っ張り出すと、なんと僕の艇に50cmの亀裂がはいっているのを見つけた。
どうやら冬の間、保管状態を全然気にしていなかったのがまずかった。僕はかなりショックを受け、しばらく立ち直れないほど後悔をした。なんでもう少し気にかけてやれなかったのだろう。


ということでシーカヤックを今後どうするのかと選択を迫られた。僕が乗らなければ妻がひとりで乗るということはないのだから、持っていても意味がないことになる。それどころか乗れないシーカヤックほど大きなゴミはない。妻は冷たく「捨てれば?」と提案してきた。最近特に断捨離が好きな女であるから当然そう言ってくるはずだった。
しかしその割れた愛機を僕はどうしても処分できなかった。

そこでなんとかそれを修理できないかといろいろと調べ始めた。

ところが修理にはかなりの費用がかかりそうだった。艇を購入した額と同じくらい費用をかけることにはさすがにためらった。
するとなんと妻が札幌の秀岳荘で中古の良品の出物があることを教えてくれて、僕に購入を勧めてくれたのだ。
とてもうれしい申し出だった。そこで僕は彼女の気が変わらないうちにと思い、すぐにその情報に基づいて艇のオーナーと連絡をとって話をつけたのだった(妻の親切の裏に何があるかは考えないようにしている)。そして割れた愛機は無事知り合いに引き取ってもらえた。


懐かしの愛機と愛犬

そんな僕はもうすぐ60歳だ。60歳といえば定年である。
「おつかれさん!」と肩をたたかれて、赤いちゃんちゃんこを着せられてお祝いされる。そんな人生終盤にはいったというわけである。

そんな爺さんの入り口にきても、僕はいまだになぜか自分の中に「自由への渇望」があるのを感じている。それがいったい何なのかはよくわからない。ここ10年以上もノンストレスに近い生活が実現できていてもまだ足りないところがあるようだ。
それを僕はシーカヤック体験で解放したいのだろうか。

とにかく、今は早くまた海に出たいのである。



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豊浦町でワンコたちと暮らし、たまに海で遊ぶ日常をつづります。

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